中国「調査報道」に転機 ネット隆盛で試練の「紙」

展 江 氏
北京外国語大学教授(国際新聞メディア学科)

2013年11月号 GLOBAL [インタビュー]
インタビュアー 阿部重夫、岩村宏水

  • はてなブックマークに追加
展 江

展 江(チャン チャン [Zhan Jiang])

北京外国語大学教授(国際新聞メディア学科)

57年江蘇省南京市生まれ。海軍勤務を経て記者に転身。中国人民大学新聞学科で修士号、博士号を取得。96年から中国青年政治学院で教鞭を執り、同学院教授を経て09年より現職。中国のメディア研究の権威で、改革派言論人としても注目を集める。

――中国の報道統制の厳しさは有名ですが、地方政府の不正などを告発する調査報道も盛んなのは矛盾では?

展 実は外国人からよく質問されます。「民主主義国ではない中国で、調査報道が存立し得るのか」と。確かに、中国メディアは共産党および政府の監督下にあり、完全な報道の自由はありません。その調査報道は、欧米や日本とはおのずと違う部分があります。

中国には「興論監督」という独特の用語があります。メディアが一般民衆に代わって権力のふるまいをチェックするという意味で、実は政府がそれを一定の範囲で認めています。中国の調査報道は「興論監督」を拠りどころに発展してきました。制約はあるものの、権力の濫用や汚職を明るみに出したり、人々が広く知るべき社会問題を掘り起こすなどの面で、調査報道は中国でも重要な役割を果たしているのです。

――メディアが触れられないタブーも多いのでは。

展 鄧小平氏が1978年に改革開放政策を提唱して以来、中国では経済分野の大胆な開放(自由化)が進みました。それに歩調を合わせ、経済分野の報道はとても自由になりました。一方、政治分野の改革はかけ声こそあれ、ほとんど進んでいません。このため、政治的トピックスについてメディアが独自に調査したり、批評したりするのは困難なのが実態です。

中央政府の指導者や高級官僚の問題に触れるのはタブーです。省および直轄市もほぼ不可能と言えます。

政府の秘密主義はネタの宝庫

――地級市や県などの下級政府なら可能性がありますか。

展 そうですね。ただし“運”が必要です。下級政府の問題であっても、中央や省クラスの人脈にコネや利害関係があり、報道が止められるケースは珍しくありません。軍隊に関する独自報道もタブー。外交、宗教、少数民族などのテーマも細心の注意が必要です。

とはいえ制約が多いということは、記者にとっては挑戦しがいがあるということでもあります。中国で「調査報道の母」と呼ばれる胡舒立女史(現「財新メディア」総発行人兼総編集)は、85年に米国に半年滞在して調査報道を研究し、知見を中国に持ち帰りました。その後、彼女は98年に経済誌「財経」を創刊。自由度の高い“経済報道”の建前でスクープを連発し、それまでタブーと思われていた問題に斬り込む道を開きました。

――現実の報道では、経済と政治の完全な切り分けは難しいのでは?

展 はい。それに、調査報道が権力の濫用や官吏の汚職にまったく触れないわけにはいきません。中国の調査報道は、そこにどう斬り込むか、どこまで踏み込むかの試行錯誤を重ねながら発展してきました。メディア研究者はこれを「中国の特色ある調査報道」と呼んでいます。

また、地方の下級政府などは秘密主義で、タブーではない問題もほとんど情報公開していません。不正がはびこる温床になっており、調査報道のネタには事欠かないのです。政府の秘密主義のおかげで、暴露記事に対する民衆の関心はとても高い。スクープを打てば記者個人の評価も上がります。「中国は調査報道の天国」と公言するベテラン記者もいるほどです。

――取材過程で記者個人が危険にさらされることはないのですか。

展 むしろ、秘密主義の壁が厚すぎて取材そのものが難しいことや、せっかく情報を入手しても各方面の圧力で記事を潰されるリスクの方が、記者にとっては深刻だと思います。

例えば数年前、鉄道省の汚職に関するスクープで名を上げたある記者は、当局に目をつけられ職場を解雇されました。その後、他社にスカウトされた彼はペンネームを変えて記者を続け、再びスクープを放ちます。ところが、同一人物であることに気付いた当局がまたも圧力をかけ、彼は担当を外されてしまいました。最近またペンネームを変えて復帰したようです。

最近は別の問題にも直面しています。今年に入ってから紙媒体の経営が急速に悪化していることです。広告収入の激減で休刊に追い込まれたり、賃金支払いが遅れたりするケースが出ています。記者の生活が不安定では、調査報道への影響が避けられません。

紙への広告減り人材も流出

――インターネットが原因ですか。

展 中国ではもう何年も前から、ネットメディアの影響力が紙媒体をしのいでいます。しかし、調査報道を牽引してきたのは一貫して紙媒体。意欲的な紙媒体はスクープ記事をネットに提供して知名度を高め、発行部数と広告収入の底上げを図ってきました。

紙媒体には政府の補助金が下りる政府系メディアと、販売および広告収入に頼る市場系メディアがあります。調査報道に定評のある「南方都市報」「南方週末」「新京報」などのタブロイド紙や、「財経」「財新・新世紀」などの経済誌はいずれも市場系メディアです。彼らは事業拡大の手段の一つとして、読者の関心が高い調査報道に力を注いできたと言えます。

ところが、ここにきて広告主が紙媒体への出稿を一斉に減らし始めました。紙媒体に見切りをつけてネットメディアやPR会社に転職し、取材の第一線を離れる記者も目立ちます。人材流出は調査報道にとって痛手です。

――中国の調査報道は転機に?

展 その通りです。大手ネットメディアの「新浪」(シナ)や「騰訊」(テンセント)は海外市場に株式を上場しており、資金力は豊富です。しかし調査報道の経験のない彼らが、その社会的意義を理解し、紙媒体に代わる担い手になる保証はありません。大学の新聞学科でも、記者よりも賃金が高いPR会社や企業の広報部門への就職を希望する学生が増えています。調査報道の未来を支えるメディアや人材をいかに育成するかが喫緊の課題です。

   

  • はてなブックマークに追加