公取委が設備工事業界を強制調査。日本大学の工事談合で暗躍したメンバーが標的に。
2013年11月号 DEEP
公正取引委員会犯則審査部長宛ての「告発状」の一部
公正取引委員会が9月4日、2年ぶりに「伝家の宝刀」を抜いた。2015年開業に向け建設が進む北陸新幹線工事が標的だ。長野から富山、金沢に至る雪害対策工事を巡る談合容疑で、高砂熱学工業、三機工業、ダイダン、大気社、新日本空調など十数社の設備工事会社を強制調査(捜索)した。発注側の独立行政法人で「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(国土交通省所管)にも係官が踏み込み、官製談合の疑いが濃い。
報道によれば、同機構が11~12年度に発注した融雪、消雪設備工事の一般競争入札のうち8件の落札率が95%を超え、そのうち99%を超えたケースが5件もあり、同機構が入札公告を出すたびに担当者が集まって落札額を協議し、工区ごとの落札予定者を割り振ったメモが押収されているという。公取委は「業界総ぐるみ」の談合の全容を解明し、刑事告発する構えだ。
俎板の鯉となった業者の受け止めは深刻だ。「2年前に警視庁に調べられた日本大学の談合メンバーが公取委の強制調査を受けている。警視庁は諦めたはずなのに、まるで公取委を使った『倍返し』じゃないか」と設備工事会社の幹部は漏らす。
「日大談合」とは、本誌が追及してきた日大の田中英壽理事長夫妻(その取り巻きを含む)と出入り業者にまつわる数々の疑惑を指す。日大談合には「キャンパスルート」「新病院ルート(駿河台)」があり、都内の「D協同組合」という、アングラ筋の「仕切り屋」が暗躍。入札希望業者(ゼネコンや下請けの設備工事会社)に予定価格を書き込んだファクスを送りつける悪質な受注調整を行った事実を、本誌は証拠を示し、追及した(2012年7月号掲載)。
当時、警視庁捜査2課と組織対策4課は設備工事業界の内偵を進め、発注者の日大から入札資料一式を手に入れ、談合にかかわった業者から事情を聞いていた。しかし、立件には至らず、業界筋では「日大談合捜査は潰れた」という噂が立っていた。「ところが、半年前から風向きが変わり、公取委が突然動き出したんだ。警視庁の押収資料が渡ったに違いない」と、前出の幹部は勘繰る。
実は警視庁が内偵を開始した11年夏、公取委に対して一通の「告発状」が届く。宛名は「公正取引委員会犯則審査部長殿」、差出人は「日本大学校友善道会」と書かれた18枚のペーパーには、内部関係者しか知り得ない日大談合の実態が克明に書かれており、犯則審査部は色めき立ったという。
「公取委は独自に調査を始めるつもりだったが、介在するアングラ人脈を警視庁が内偵していたので、しばらく推移を見守ることにした」(関係者)
公取委に届いた告発状には、田中夫妻と親密な関係にあるS社(旧「T社」)や前出の「D協同組合」を通さなければ入札することができず、D協同組合などが「入札前から希望者を募り、入札手数料(噂では裏金6%)を支払う企業に受注させる」などと書かれており、さらに五つの日大新築校舎の本体工事、電気・設備工事の応札(談合)状況まで詳細に記されていた。そこには、今回の北陸新幹線談合で公取委が強制調査を行った朝日工業社、三晃空調、テクノ菱和などが含まれており、この告発状を端緒に、公取委は設備工事業界の談合摘発を密かに狙っていたのは間違いない。それにしても、設備工事業界を震え上がらせた公取委の捜索とは、いかなるものか。
犯則審査部の係官たちは9月4日に各社に踏み込むと、受注調整を行う「業務担当」が所属する営業部門だけでなく、総務・経理部門まで捜索し、ロッカールームに立ち入り、書類ファイル、パソコン、個人の手帳や携帯電話まで押収。早朝から始まった捜索は夜遅くまで続いたそうだ。並行して業務担当の個人宅にも立ち入り「家族名義の通帳まで押収していった」(前出の設備工事会社幹部)というから、公取委としては異例の徹底調査だったことは間違いない。
「今回は談合の証拠集めとは違う。明らかに賄賂性の高い金品授受の物証を捜している。公取委は談合を裏付けるメモを事前に入手していたから、警視庁から関連資料を貰い受けていた可能性もある。北陸新幹線と日大の談合は時期が重なるから、設備業者はワンセットで受注調整した可能性が高く、鉄道・運輸機構側にカネが流れた可能性がある」(談合事件を追いかけるジャーナリスト)
日大談合ルートでは、警視庁が設備工事大手の朝日工業社(東証1部上場)に狙いを定め、
3カ月近く捜査員を同社に「常駐」させ、リベート捻出を含むカネの流れを調べた経緯がある。
バトンを引き継いだ公取委も、朝日工業社の幹部ら延べ30人から事情を聞いた模様。「同業他社とは調べ方が違うのは、朝日工業社が裏金の核心を握っているからではないか」(前出のジャーナリスト)
きな臭いのは、朝日工業社の社外取締役に元警視総監の井上幸彦氏が就任している点だ。
井上元総監といえば、警察庁長官襲撃事件への関与が疑われたオウム信者の巡査長の存在を隠したとマスコミに叩かれ、引責辞任した人物。現在、東京ガスやエイベックスの顧問を務めながら、朝日工業社には取締役として迎えられ、経営にかかわってきた。「警視庁の現場捜査員はやりにくくてしょうがない。天下りのせいで事件を潰されたと悔しがっていた」(前出のジャーナリスト)
実は、鉄道・運輸機構の監事にも、現職の警察庁キャリアが出向しており、同機構も警視庁は手が付けにくく、公取委にバトンタッチした格好だ。
その背後には、東京地検特捜部が刑事告発を待ち構えている。
「強制調査権を持つ公取委の犯則審査部では2人の特別審査長が、それぞれ捜査チームを率いているが、捜査着手目前に第2特別審査がまとめていた案件が後回しになり、第1特別審査が担当する北陸新幹線談合を優先することに決まった」(関係者)
公取委の内部では「2年ぶりの強制調査の背中を押したのは、7月に着任した山上秀明特捜部長」と囁かれている。山上氏は公取委に出向経験がある談合捜査のプロ。犯則審査部のメンバーとは同じ釜の飯を食った仲だけに、異例ともいえる徹底調査が実現したのだ。北陸新幹線談合の次は、日大の病根に矛先が向かう可能性がある。
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