「特区」と「五輪」が起爆剤 世界競争に打ち克つ「東京」

辻 慎吾 氏
森ビル社長

2013年11月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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辻 慎吾

辻 慎吾(つじ しんご)

森ビル社長

1960年広島県生まれ。横浜国立大大学院工学研究科修了。85年森ビル入社。タウンマネジメント室長などを経て2006年取締役、09年副社長兼経営企画室長、11年6月より現職。六本木ヒルズのブランドコンセプト「オープンマインド」が信条。

写真/平尾秀明

――経済同友会の五輪招致推進チームで旗振り役を買って出ましたね。

辻 当社は2016年の招致活動の時も頑張りましたが、今回はオールジャパンで勝ち抜いた。総理が「アベノミクスの第4の矢」とおっしゃったように、五輪への期待は大きなものがある。国民のマインドもプラス思考に変わりました。

私は「特需」より「目標年度」が決まったことが大きいと思います。実は都市政策や街のインフラ整備に、待ったなしの目標が定まることはほとんどない。五輪はまさにスーパーイベントです。1964年の東京五輪の時には、主にインフラ整備が行われ、戦後復興の象徴になった。今回はハード面のみならず、ソフト面への対応が重要です。

「首都東京」を世界№1の都市に

――オーナーの森稔さんは11年6月に辻さんに社長の座を譲り、翌年亡くなった。もし、生きておられたら……。

辻 森はグローバルな都市間競争を、東京が勝ち抜くことが一番の経済対策であり、成長エンジンになると昔から訴え続けていましたから、それこそ寝食を忘れて日本のために動いたと思います(笑)。今、世界経済はリーマン・ショックから立ち直り、我が国の景気も上向いてきました。参院選に勝った安倍総理は「ねじれ国会」を脱し、安定した強い政権を作りました。そこに、政府の成長戦略(日本再興戦略)の一つとして、「国家戦略特区」を創設し、大都市の国際競争力を高めることが盛り込まれました。この五輪決定はベストタイミング。こんな追い風は二度と吹かない。「日本再生」のラストチャンスと思うべきです。

――安倍首相は「ロンドンやニューヨークに匹敵する国際的なビジネス環境を作り、世界中から技術、人材、資金を集めたい」と強調しています。

辻 森記念財団(シンクタンク)の「世界の都市総合力ランキング」(12年)で、東京はロンドン、ニューヨーク、パリに次ぐ4位をキープしていますが、近年、アジアの都市間競争が激化し、シンガポール(5位)、ソウル(6位)、香港(9位)がのし上がってきました。数年前までベスト10入りしていたアジアの主要都市は東京だけでしたから、その躍進は目覚ましい。総理が打ち出した「国家戦略特区」は、「世界で一番ビジネスのしやすい環境をつくる」ことを目指しています。世界中から人・モノ・カネ・情報を引き寄せ、都市の「稼ぐ力」を強める戦略です。ちなみに昨年、ロンドンがニューヨークを追い抜き、世界№1になったのは「ロンドン五輪」の効果。「五輪」と「国家戦略特区」を起爆剤に、次は東京が№1になるチャンスです。

――242の地方自治体や企業から国家戦略特区の提案があったそうですね。

辻 当社も四つ出しました。目玉は、東京港区エリアの六本木ヒルズ~アークヒルズ~虎ノ門ヒルズで進めてきた街づくりを、さらにバージョンアップする「東京グローバル新都心プロジェクト」です。マンハッタン(ニューヨーク)では、昼夜の人口にあまり差がありません。ビジネスばかりではなく、都心居住を促進するため、都市計画法、建築基準法、容積率などの大胆な緩和を求めます。国際的な街づくりには、文化的な要素が不可欠です。さらに、外国人が母国語で診療を受けられる病院やインターナショナルスクールも充実させないと――。国内での設置を困難にしているルールは一から見直すべきですね。もう一つは東京臨海副都心(台場エリア)における国際観光拠点の整備。お台場にはホテル、国際展示場、エンターテインメント施設といった文化的な要素も含んだ「統合型リゾート」が相応しい。このほか、近隣の美術館さんと連名で六本木をアート特区にする構想などを提案しました。

――小泉内閣が始めた構造特区は「岩盤規制」にぶつかりました。

辻 これまでとは次元が違う。総理主導の下、岩盤規制には、決定権を持つ担当大臣、地方自治体の首長、民間企業トップが自ら参加し、「三者一体」協議により、突破口を開くことになっていますので、大いに期待しています。

「今走らずに、いつ走る!」

――東京一極集中を加速させませんか。

辻 日本の主要都市は、国内で企業や人の集積を高めてきましたが、世界から人・モノ・カネを呼び込む力には、強いエンジンと核が必要です。世界で戦える国内の都市はまず東京であり、その「磁力」を強める都市政策を打ち出さなければ、世界の都市間競争に生き残れないでしょう。

――一過性の東京五輪が終わったら、景気がガクンと落ち込みませんか。

辻 今後7年間の「投資」を単なる「特需」に終わらせないためにも、国家戦略特区により実現される大胆な規制改革の中身が問われます。アジア諸都市の空港に負けぬよう、都心からアクセスのよい羽田空港を活かした国際交通ネットワークと世界の需要に応える「街」が必要です。五輪は、その明確な目標年度になるでしょう。都市づくりの最前線で市場の動きを肌で知る当社が「都心はこうあるべし」と提案することは、社会的な使命と考えています。

今、六本木ヒルズの入居者は7割近くが外資系。森稔が理想とした職住一体型のコンパクトシティが、世界の人・モノ・カネ・情報を引きつけている証拠です。

来年6月には環状2号線沿いに「虎ノ門ヒルズ」がオープンします。六本木~アークヒルズ~虎ノ門を結ぶエリアは外国人が居住し、働く環境として、ポテンシャルが非常に高い。もっと海外企業を呼び込み、外国人向けの病院や教育機関、文化、芸術などのインフラ、そして緑の環境を充実させたい。当社が国家戦略特区として提案した国際新都心エリアをバージョンアップする開発コンセプトに迷いはありません。「特区」という大きな動きに「五輪」が加わり、都市再生は一気に加速します。社内には「今走らずに、いつ走る!」とハッパをかけています。

   

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