景気回復は雰囲気だけ 消費増税は「危ない橋」

村田 紀敏 氏
セブン&アイ・ホールディングス社長

2013年10月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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村田 紀敏

村田 紀敏(むらた のりとし)

セブン&アイ・ホールディングス社長

1944年東京都生まれ。法政大学経済学部卒業。71年イトーヨーカ堂入社。90年同社取締役、2003年同社専務・最高財務責任者を経て、05年より現職(純粋持ち株会社の社長)。セブン&アイのグループ売上高は約8兆5千億円、連結従業員数は15万人を超える。

写真/平尾秀明

――政府会合で、有識者の多くが、予定通り消費税率引き上げを主張しました。

村田 財政再建などの点から、いずれ税率引き上げが必要ですが、足元の景気は決してよくありません。15年間続いたデフレからの脱却が最重要課題であり、来年4月の増税は見合わせるべきです。

――都心の百貨店では絵画、宝飾、時計などがよく売れ、売上も伸びています。

村田 三大都市圏の百貨店の売上が改善し、株高で一部高額品がよく売れ、円安で外国人観光客が銀座などに戻ってきたのは確かです。ところが、地方の百貨店は決してよくなく、アベノミクスの恩恵は大都市圏限定です。一方、スーパーマーケット業界は競争激化で安売りが常態化し、減益体質になっています。

――御社(セブン‐イレブン)を先頭にコンビニ業界は景気がよいのでは。

村田 いや、この1年、セブン‐イレブンを除くコンビニ全体の既存店売上高の伸び率はマイナスになっています。GDPの6割を占める消費は盛り上がらず、デフレから脱却の実感はない。景気は少しよくなったが、先が見通せる状態ではありません。

日本人は消費税に非常に敏感

――新政権は「大胆な金融緩和」と「機動的な財政出動」というデフレ克服の矢を放ち、それが昨年夏頃から回復を見せ始めた世界経済全体の動きと合致して、円安、株高という好反応につながった。

村田 アベノミクスは、国民の間に「今までと違う」という期待感を持たせましたが、この先、物価が上がる中で、実質成長率2%を達成し、人々の賃金が上がり、デフレマインドを払拭するには、もう少し時間がかかります。今は景気の「気」が出はじめたが、その勢いは弱く、気分が沈むと途端に萎んでしまいそうです。アベノミクスへの好感を、単なる「雰囲気」に終わらせないためにも経済運営は慎重を期すべき。来春の消費増税は「危ない橋」を渡るようなものです。

――97年の消費増税の二の舞いですか。

村田 89年の消費税(3%)導入時は、バブル成長期の勢いがあり、一時的な売上減はあったものの1年以内に回復しました。97年の引き上げは金融不況の真っただ中であり、2%増税のインパクトは大きく、消費が落ち込み、デフレの泥沼に引きずり込まれました。さらに04年に外税から内税へ「総額表示」に切り替えた時も、税の売価反映ができず、デフレを一層助長させることになった。そうした経験からしても、日本人は消費税に非常に敏感。そもそも消費は心理であり、自分の財布から直接出ていくお金(消費税)の方が、源泉徴収される直接税より痛税感が強いのです。ですから、消費増税はタイミングがたいへん重要。政府は、そのことをよく考えてもらいたい。

――しかし、来年8%、再来年10%への消費増税が予定されています。

村田 2段階の増税は消費者心理に大きな打撃を与えます。2回よりも1回で済ませる方が影響を長引かせないで済む。経済の先行きが不確かな中で、2年連続の増税は危ないです。

――デフレ脱却には、国民の間にあるデフレマインドを払拭しなければ。

村田 「モノが売れない時代」と言われますが、むしろ今は価値のある商品が着実に売れる時代です。実際、小売業では、自分たちの商品を自ら開発しているところだけが伸びています。消費者のニーズが変化したことの表れです。一方、価格競争を続けているところは、むしろ業績が悪化。すべてのお客様が安売りを望んでいるわけではないのです。

当社が今、力を注いでいるのは、グループ共通のPB(プライベートブランド)「セブンプレミアム」です。グループ各社の商品開発のノウハウを結集し、一流メーカーと組み、価格優先ではない、お客様の求める質とおいしさにこだわった商品開発に取り組み、単品で年商10億円を超えるヒット商品が92もあります。実際、セブンプレミアムのモノづくりは、従来のPB商品の持つ「安い」イメージを完全に覆してきました。

ちょっとした贅沢「ゴールド」人気

――4月に販売を開始した「金の食パン」が飛ぶような売れ行きですね。

村田 2枚入り(厚切り)125円、6枚入り250円と少し贅沢な食パンが、発売から約4カ月半で1500万食も売れました。「ふわふわでおいしい」と、我が家のブームにもなっています(笑)。これは、さらに「上質」を追求する新PB「セブンゴールド」の一品です。そのコンセプトは、最高の品質を家庭で楽しめる「ちょっとした贅沢」。東洋水産と共同開発した即席麺「金の麺」、キリンビールと組んだプレミアムビール「グランドキリン」なども人気です。

我が国を代表するNB(ナショナルブランド)メーカーと共同開発を行うセブンゴールドは、当初、NB商品の市場を侵食することにならないかと懸念する向きもありましたが、むしろセブンゴールドの販売量が上乗せされる形になりました。商品のポジショニングやコンセプトを明確にし、潜在ニーズを掘り起こす商品開発に取り組んできたおかげです。

セブンゴールドは、セブンプレミアムと同じく、セブン‐イレブン、イトーヨーカドー、ヨークベニマル、そごう、西武など、グループ各業態で共に販売しており、当社の「売り切る力」がNBメーカーから評価され、お客様のニーズに応える「最高の商品」づくりの道を拓くことができました。現在、セブンゴールドは28品目。3年後には300アイテム、売上1500億円を目指します。

――価格より質が量を生む時代ですね。

村田 日々お客様と接してきて、我が国では質を問うお客様が増えており、消費に対する態度が変わってきたと痛感しています。もちろん価格に重きを置くお客様もおられますが、セブンゴールドの人気は、お客様にご満足いただける本当においしいもの、上質のものは、しっかり売れ続けることを示しています。質の追求でデフレを吹き飛ばしたいですね。

   

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