「TIZEN」に振り回されるドコモの悲哀

2013年8月号 BUSINESS

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「Tizen is almost dead.(タイゼンは瀕死だ)」。7月3日、ロシアのMobile-Review.comというニュースサイトの編集長のツイートが世界中を駆け巡った。タイゼンとは韓国サムスン、米インテルなどが共同で開発している新しいスマートフォン向けOSのこと。日本ではNTTドコモがタイゼンを搭載したスマートフォンを次世代の戦略商品と位置付け、年内に発売するとしている。

さらに「That's cancel of the whole project.(プロジェクトそのものが終了した)」と続いてツイートしたから、日本のメディアや通信業界にも動揺が走った。業界関係者曰く「報じたロシアのメディアの知名度は低く信憑性はない」ものの、インテルが「プロジェクトは継続中」と否定するなど、関係企業は火消しに追われた。実際、開発が中止されたという事実は提示されておらず、現在も継続されている模様だ。

だが、何げないこうしたツイートが駆け巡るのは、業界関係者の多くがタイゼンに多くの疑問を抱いている下地があるからだ。ドコモでは、取締役執行役員で、タイゼンの推進母体である「タイゼンアソシエーション」の議長を務めてきた永田清人氏が、6月に常務執行役員関西支社長に異動になっており、この人事がタイゼン開発中止の憶測を助長させたことは明らかだ。

ドコモ関係者によると、永田氏の異動は本社復帰のない片道切符との見方がもっぱらだ。今回の人事を巡っては、国内の端末メーカー側に立ってきた永田氏が、ソニーとサムスンの端末だけを優遇し、前面に押し出す「ツートップ戦略」に反対したことが原因とのむきもあるが、一方でiPhone導入に向け、タイゼン推進派の急先鋒だった永田氏が事前に外されたとの見方も根強い。ドコモ幹部は両方とも否定するが、タイゼンの強力な推進役だった永田氏が離れたことで、ドコモ社内からもタイゼンの先行きを危ぶむ声が漏れてくる。

さらに、技術的な観点からもタイゼンを疑問視する声は多い。なによりもまず開発が大幅に遅れているのだ。タイゼン開発に携わっているスタッフは「開発者向けツールである『SDK(Software Development Kit)』に暗号化機能がいまだ実装されていないという中途半端さに加え、売りであるはずのHTML5の動作が遅い。原因は明白で、HTML5の核になっているJavaScriptというプログラミング言語の処理に問題がある」と嘆息する。タイゼン向けにアプリを開発している企業の担当者も「ドコモが開発費用を投じてくれるから受託開発はするが、正直、動作は不安定で先行するiPhoneやアンドロイドには到底およばない」と語る。

ドコモの加藤薫社長はタイゼン端末を人気アプリ「LINE」の使用に最適化する施策を検討していると明かしているが、それが果たして競争力になるかは疑問だ。7月10日に関係者向けに行われたHTML5関連のセミナーでは、永田氏の後任の杉村領一氏が「タイゼンは死んでいない」としきりにアピールしたが、参加者の一人は「期待薄です」と呟く。仮になんとか年内発売に漕ぎ着けたとしても、今のままでは存在感は示せないだろう。契約者数の純減が止まらないドコモの苦悩はまだまだ続きそうだ。

   

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