「モーダルシフト」で日本を変える!

鉄道貨物のCO2排出量はトラックの6分の1。東日本大震災でも底力を発揮した。

2013年8月号 BUSINESS [特別寄稿]
by 伊藤 直彦(JR貨物相談役 (日本物流団体連合会前会長))

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伊藤直彦氏。排出ガスを削減するJR貨物のハイブリッド機関車の展示を前に

物流とはモノを生産者から消費者に運ぶあらゆる活動を総称する。その市場規模は22兆円と、人を運ぶ人流の13兆円と比べて遥かに大きい。

1991年には69億トンあった総物流量は、2009年には48億トンまでに減少した。その原因として、まずバブル崩壊や08年のリーマン・ショックを起因とするデフレが考えられる。だが景気の問題ばかりではない。

例えば日本がすでに突入している少子高齢化だ。日本の人口は、現在の約1億3千万人から2060年には9千万人を割り込み、高齢化率も約4割になると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」=12年1月推計)。人口の減少は国内市場を大幅に縮小させ、物流業に大きな影響を与える。さらに物流の担い手になる労働者の不足も深刻化させる。

メーカーの生産拠点の海外移転による国内産業の空洞化も見逃せない。国内物流に頼らざるをえない小規模事業者も多く、物流業界の再編は喫緊の課題だろう。自然災害の多い我が国は、11年3月11日に起こった東日本大震災などが経済に多大な影響を及ぼしたことも考慮しておかなければならない。

こうした問題に対処するために、物流業界自体が自己改革に取り組む必要がある。また、時代の先取りも重要だ。

トラック60台分を1両で

これまでも物流は時代にあわせて変化してきた。55年頃までは、陸運といえば鉄道貨物だった。しかしその後の幹線道路の整備と共に、鉄道はトラックにシェアを奪われていった。

一方でトラック輸送は90年の規制緩和以来、急増した。現在ではトラックが陸運の90%を占めており、鉄道貨物はトンキロベースで4%にすぎない。同じ島国のイギリスでは鉄道貨物が9%であることを見ても、鉄道の割合は小さいといえる。

だが97年のCOP3が採択した「京都議定書」で、CO2削減が世界の共通目標となった。トラックは小回りが利くため輸送に便利で、最終消費者までの運送には欠かすことができないものだ。ただCO2やコスト面で、長距離や大量輸送に適切とは言い難い。またトラックドライバーの高齢化も問題だ。特に顕著なのは大型車で、40代以上が7割以上を占める。その結果、15年度には14・1万人のドライバーが不足すると見込まれる。

よって物流構造そのものを変革し、「ムリ」「ムダ」「ムラ」を排して、より効率性にかなったモーダルシフトを実現する必要がある。

モーダルシフトとは、長距離や大量輸送をトラックから鉄道貨物や船舶による輸送へ転換することを指す。例えば鉄道貨物はCO2排出量がトラックの6分の1と、環境に優しい。また1両の機関車でトラック60台分の荷物を運ぶことができる。

その代表例が04年から運行している佐川急便の『スーパーレールカーゴ』だ。翌日午前配送が求められる宅配のためにスピードアップを図り、貨物列車の前後に電動貨車をつけて最高時速130キロを実現した。さらに積み替え時間を短縮するため、10トントラックにそのまま搭載可能な31フィートコンテナも開発した。東京・大阪間を1日1往復、約6時間で運転しており、トラック56台分を運んでいる。

軌道を使用する鉄道貨物は、日本の最大動脈である東京・大阪間を渋滞も事故もなく運行できるメリットを持つ。佐川急便はスーパーレールカーゴを利用して、08年度に1万トン以上のCO2削減を実現した。

また06年から運行のトヨタ自動車の『トヨタロングパスエクスプレス』は、部品工場のある盛岡から名古屋まで1日2往復、約16時間で走り10トントラック160台分を運んでいる。以前は専用船で搬送していたが、在庫管理やリードタイムなどの点で有利なこと、さらにCO2削減にも役立つことを考慮して、鉄道貨物に切り替えたのだ。

鉄道貨物が活躍するのは平時ばかりではない。その底力を示した例が東日本大震災だ。仙台の製油所が壊滅し、被災地が深刻なガソリン不足に陥り、緊急車両の運行さえ危ぶまれた。それを救ったのは鉄道貨物だった。

太平洋側の被災地の線路は壊滅状態で使えない。そこで横浜の製油所から新潟と青森を経由して運ぶことにした。距離にして1千キロにわたる石油輸送は、鉄道貨物としては異例の長距離だ。140年の我が国の鉄道の歴史でも例はない。生活に不可欠な電気、ガス、水道などをライフラインというが、この時の鉄道貨物はまさに被災地の人々の命を救った。物流もライフラインであることを証明したのだ。

さてこの7月に、5年ぶりに総合物流施策大綱が改訂される。これまで主張されてきた効率重視の内容に加え、地震やテロなどに備えたBCP(事業継続計画)を策定する必要があるだろう。またTPPやFTAなどの貿易の自由化にともない、物流にも国際化の視点が求められる。とりわけ高い成長が望まれるアジアには日本の持つ優れた技術を供与し、より効率性の高いインフラを率先して構築していかなければならない。例えばインドの「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想(DMIC)」だ。

印で日本方式貨物鉄道

DMIC構想は06年12月のマンモハン・シン印首相の来日時に立ち上げが確認された。その中心は日本のODA4500億円が投じられる貨物専用鉄道(西回廊1483キロ)の建設だが、実はインドの貨物鉄道は一時、アメリカのディーゼル方式を導入することになっていた。だがそれでは環境負荷が大きい。

私は大学で同期の榊原英資インド経済研究所所長の案内でシン首相に会った時、日本の電化方式を導入する方がインドにとってメリットが多いと訴えた。この時、シン首相は「reconsider(再検討する)」と述べた。私の訴えが奏功したかは不明だが、その後に日本の電化方式が採用された。完成すれば沿線都市の雇用は2倍、工業生産は3倍、輸出量は4倍に伸びるとされるDMIC。5月29日に発表された日印共同声明でも、同構想への期待が述べられている。

日本の物流も国際化の波を受け、大きく変わりつつある。しかし変わってはならぬものもある。我々はモノだけでなく、お客様の心をも運んでいる。これらを大切に預かり確実に届けることこそ、どれほど時代が変わろうと我々が忘れてはいけない原点だ。(構成 ジャーナリスト 安積明子)

著者プロフィール

伊藤 直彦(いとう・なおひこ)

JR貨物相談役 (日本物流団体連合会前会長)

1940年生まれ。東大法卒。旧国鉄を経てJR貨物社長、会長を歴任。

   

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