16年目のブラッター会長。著名弁護士、元判事などの委員会案にスズメの涙の改革でフタ。
2013年8月号
GLOBAL
by Jean F.Tanda(スイス週刊誌「ハンデルスツァイトゥング」エディター)
FIFAコンフェデ杯2013の決勝直前、ブラジルチームのユニフォームを手にするブラッター会長(6月30日、リオデジャネイロ)
Reuters/Aflo
国際サッカー連盟(FIFA)のヨーゼフ・ブラッター会長(愛称ゼップ)にとっては、ストレスのたまる毎日だったに違いない。
2014年のワールドカップ(W杯)ブラジル大会を1年後に控え、予行演習を兼ね当地で開催されたコンフェデレーションズ杯では、政府とW杯への巨額投資に不満を募らせた群衆による抗議デモが激化、100近い都市で過去最大規模の100万人もが街頭に繰り出した。
W杯開催に向けた豪華施設建設などのブラジル国民の負担は100億ドル(約1兆円)を超える一方で、FIFAの懐には過去最高の約50億ドルの収入が転がり込む(10年南アW杯の稼ぎは約37億ドル)。
ブラジルの抗議デモに恐れをなし、U20(20歳以下)W杯の開催のためにトルコに向かうと、ここでも大規模デモに見舞われた。5月末、FIFA総会を開くために滞在したインド洋の楽園モーリシャスでのくつろいだ日々とは何という違いか。
アディダスと電通の合弁会社ISLによる巨額の贈賄事件(本誌08年6月号、8月号、11年8月号、9月号参照)に端を発した不正金銭疑惑に揺れたFIFAは2年前から組織改革に取り組んでおり、モーリシャス総会では、ブラッターは得意満面で「改革」の成果を強調した。
会議後に配られたプレスリリースでは、「過去2年間、サッカー界内外の団体、個人との協議も経たうえで導入された幅広い徹底的な組織改革は、FIFAのガバナンス(組織統治能力)を強化し、透明性を高め、その結果、連盟は新しい一歩を踏み出した」と書かれている。
改革を主導したのは、ブラッターが自ら選んだスイス人刑法学者マーク・ピースで、ピースは「比較的短い時間に目覚ましい成果をあげることができた」と会議で吹聴した。
FIFAが配った図表によると、弁護士や学者などのアドバイザーから出されたほとんどの改革案――会計監査・コンプライアンス委員会の刷新、新しい倫理規約の導入、倫理委員会を審判と調査の二段構えの組織に改編などを受け入れたという。
だが、能天気に喜んでいるのはFIFA理事会だけだ。現に、改革を主導してきた独立統治委員会のメンバーでガバナンスの専門家、アレクサンドラ・ラグー(カナダ人弁護士)は「これ以上、FIFAのために働くのは時間の無駄」として、モーリシャス総会の直前に辞任した。
インタビューでラグーはぶちまけた。「会議で配られた提案の実施を示す資料には、いくつも問題点があります。まず実行されたとする改革のいくつかは予定であり、実際には『正式な方針は今後決定される』、または『規則の詳細は現在検討中』という類い。次に、いくつかの改革は骨抜きにされた。一例は外部の人間による理事会への出席が認められたが、議決権がなく、ときおり参加を許されるだけの『臨時委員』の位置づけで、これは当初の意図とはまったく違う。会長や理事などの候補者には徹底的な身辺調査をするはずだったのが、自己申告制に変わってしまった」
「注目すべきは、どの提案が受け入れられ、どれがはじかれたのかであって、項目がいくつ達成されたかではありません。もし船の塗装、ロープやプロペラ、救命ボートを新しくし、必要な改善の8割が済んだとしても、船体に穴が開いていたままだったら、艤装が成功したと宣言する人はいないでしょう!」
ラグーのまっとうな指摘は、改革の質に対する疑念を一層深めることになった。FIFAが吹聴する改革成功に、批判的な目を向けるのは彼女だけではない。
FIFAに強い関心をもつロジャー・ピールケ・ジュニア米コロラド大学教授(環境学)は、汚職に取り組む国際組織トランスペアレンシー・インターナショナルなど3グループが提唱した改革案を指標に、それらがどの程度実施されたかを検証、FIFA組織改革の進捗具合を数値化した。結果は、改革前の55.2%に対し改革後は56.3%と、2年間で1.1ポイントの改善しかしていないという。
ピールケの結論とFIFA理事会の落差は不思議ではない。ピールケは「FIFAはほんの少しだけ改革の提案を受け入れた。全提案63件のうち7件であり、一部受け入れたのは11件。残りほとんどの45件は実行されなかった」と切り捨てた。
モーリシャス総会では、懸案だった理事の任期と定年制導入については来年の総会まで結論が先送りされ、委員の報酬額開示も合意を得られなかった。就任4期、16年目で現在77歳のブラッターは任期満了となる15年以降も続投する可能性を示唆、定年制に反対している。
一方、倫理委員会の調査部門長のハンス・ヨアヒム・エッカートは4月、ISLが絡んだ増収賄事件を再調査した結果、ブラッターが賄賂を受け取った証拠はなかったとし、調査の打ち切りを宣言した。ブラッターは1997年、前会長のジョアン・アベランジェがISLから150万スイスフラン(約1億6千万円)を受け取った当時、事務局長だった。
独立統治委が今後も作業を続けるのかは定かではない。だが、委員長のピースはすでにこの高給の仕事を続けたいという意向を明らかにしている。それだけでも、いかにFIFAがこれからも彼の助けを必要としているかが明らかだ。
ピースがいまだにFIFAは変わる可能性があると考えているのに対し、ラグーは全く反対の立場で「できれば、時間の経過と幹部の入れ替えで、FIFAが最終的には大胆な改革を実施できることを信じたい」と語っている。独立統治委が存続するか否かにかかわらず、彼女はFIFAに戻るつもりはない。
ラグーは自分の経験をもとに、FIFAの組織改革に貢献できると考えて参加したが、何ら影響を及ぼすことができないもどかしさを実感したという。FIFAに独立統治委のような組織を作らせることに成功したのに、多くの提案が無視された今回の事例を「めったに遭遇できない経験」と呼んだ。(敬称略)