成長戦略の決め手は 「聖域なき規制改革」

朝田 照男 氏
丸紅会長

2013年6月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

  • はてなブックマークに追加
朝田 照男

朝田 照男(あさだ てるお)

丸紅会長

1948年東京都生まれ。慶応大学法学部卒業。72年丸紅入社以来、財務・金融畑を歩き、ロサンゼルス、ロンドン勤務を経て、2008年総合商社初の財務出身の社長となる。4月より現職。実父は元運輸事務次官で日航社長を務めた故朝田静夫氏。

写真/門間新弥

——財務・金融のプロとして、アベノミクスをどうご覧になりますか。

朝田 安倍首相は、経済界がいくら望んでも、今の政治状況ではできっこないと思われた大胆な金融緩和と機動的な財政出動をわずか数カ月で成し遂げました。特に私は4月4日に行われた日銀の金融政策決定会合に度肝を抜かれました。黒田新総裁は、市中に供給するお金(マネタリーベース)を138兆円から2年後に2倍の270兆円に増やし、「戦力の逐次投入はしない。必要な政策はすべて講じた」と胸を張った。まさに「異次元の金融緩和」でした。景気回復への期待感から、円安・株高が一段と進み、個人消費や企業の生産活動も上向き始めた。

——円相場をどう見ますか。

朝田 1ドル=100円寸前でもみ合っていますが、私は100円プラスマイナス5円が適正水準と見ています。我が国の輸出メーカーは1ドル=80円を超えるような円高に痛めつけられ、血の滲むような構造改革によって、今では足腰が相当強くなっています。今年の初めに、ある重厚長大メーカーの社長さんは、「90円でも十分に戦えるが、願わくば100円」と仰っていました。私は円安には限度があり、95円ぐらいがベストと考えています。逆に、1ドル=120円より円安が進むと、輸入物価が跳ね上がり、金利も上昇して、世の中を混乱させるような悪性インフレに陥りかねない。

中国経済の減速が不安要因

——東証株価はどうなりますか?

朝田 昨年末、今年の東証株価が1万4000円を超えるとは、まさか夢にも思いませんでした(笑)。

減損処理した株式の時価が回復した場合、期末に戻し入れができますから、企業の財務担当はニンマリです。日銀が5月2日に発表した4月末のマネタリー残高は155兆円に達し、3月末より9兆円も膨らみました。4月の国内新車販売台数も8カ月ぶりに前年比プラスに転じ、百貨店では高額商品がよく売れています。東証株価は1万5000円を目指す展開と見ています。

——米国の景気回復も追い風ですね。

朝田 貿易統計によると、2012年度の日本の輸出額は米国向けが約18%になり、4年ぶりに中国を追い抜き、輸出先のトップになりました。リーマン・ショック後の調整局面を脱した米国経済は、好調な住宅投資に支えられています。5月3日に発表された米雇用統計も堅調で、失業率も7.5%に下がり、どこまで上向くかが焦点です。

債務危機の火種が尽きないユーロ圏はさておき、心配なのは昨年より悪くなった中国経済です。中国の1~3月の成長率は前年同期比7.7%と、目標の8%をクリアできなかった。統計データ以上にモノの動きが鈍くなっています。尖閣問題とは関係なく、石油化学製品や鉄鋼製品、建機などの荷動きが鈍い。中国経済の減速は、世界経済の不安要因です。

——安倍首相は、参院選前には到底踏み切れないと思われた「TPP参加」を決断しました。

朝田 「決められない政治」と訣別する、胸のすくような英断でしたね。懸案材料である原発についても、施政方針演説で「安全が確認されたら再稼働する」と明言。貿易統計によると、我が国の昨年度の貿易赤字は、火力発電用の液化天然ガス(LNG)などの燃料輸入の著増により8兆円を超えました。国富の海外流出を食い止め、エネルギーの安定供給を図ることは成長戦略の大前提です。

欧米並みの「官業開放」の勧め

——アベノミクスの鍵を握る第3の矢、「成長戦略」への注文は?

朝田 焦点となるのは、貿易や投資など海外との経済連携の強化と、国内の様々な規制・制度の見直しです。海外連携交渉は「TPP参加」により一歩前進しましたが、海外勢を国内に呼び込み、日本勢のビジネスチャンスを広げる規制改革は進んでいません。政府の産業競争力会議や規制改革会議では今、民間議員から株式会社の農業参入や医療・介護、雇用市場などについて抜本改革案が出されていますが、関係当局や関係団体の抵抗に遭っています。

私は商社の立場から成長戦略の柱として、高速道路や空港、港湾、上下水道など官業の民間開放を訴えたい。特に世界の主要国に比べて、我が国が著しく見劣りするのが「コンセッション」と呼ばれるインフラ運営権の民間譲渡です。世界の主な空港の運営は、ノウハウを持つ民間企業が行っています。高速道路や上下水道も民間が手がけることでサービスが向上し、運営権譲渡による財政的貢献が証明されています。我々商社は海外でコンセッションを経験し、ノウハウを蓄積しているので、政府が官業開放に踏み切れば、明日にでも参入できます。

ところが、官業開放は公務員の身分にかかわると組合が反対するため、改革が全く進みません。「聖域なき規制改革」こそが、成長戦略の決め手になる。総理のリーダーシップに期待しています。

——前期決算で、初の連結純利益2千億円を達成。社長在位満5年の快挙です。

朝田 当社は今、設立以来最強の状態にあると思います。上位商社とはまだ差があるものの、次期中期経営計画では5位からの脱却が視野に入って来ると思います(笑)。次への布石は打てたかなと思い、新しいステージは新社長(国分文也氏)の手に委ねることにしました。

——本社を建て替えるそうですね。

朝田 この本社ビルが竣工したのは、私が入社した41年前。最上階(16階)の眺めに、皆さん感動されます。皇居に面しているため100mの高さ制限がありますが、それでも22~24階の新社屋が可能になります。願わくばアベノミクスで都心の容積率が緩和されたら嬉しいですね。さらに近隣の方との共同開発も一つのアイデアとして夢に描いています(笑)。2020年に東京五輪が開催される頃、竹橋、平川門一帯が素晴らしいオフィス街に生まれ変わっているかもしれません。

   

  • はてなブックマークに追加