安倍「待機児解消」宣言は空手形

「横浜方式の全国展開」で「待機児ゼロ」を成長戦略の目玉に据えたが、どこまでホンキか。

2013年6月号 POLITICS

  • はてなブックマークに追加

小手先の対策では待機児は解消しない(3月24日、福島県郡山市で)

Jiji Press

東京都杉並区役所に2月18日、乳幼児を抱きかかえた母親たちが押し寄せた。「認可保育園に4月からわが子が入園できないのは行政の怠慢。行政不服審査法に基づく異議申し立てをしたい」と訴えた。

その後、足立、大田、渋谷、目黒の各区、さいたま市、東大阪市と続く集団異議申し立ての発端だった。中野区、川口市でも請願や要望書を突きつける動きに。その勢いに押されて、杉並、目黒、豊島、世田谷区などでは保育園の定員枠の拡大や認可外保育園の増設を打ち出さざるをえなくなった。

さながら「保育一揆」のようなママたちの異議申し立て。それほどに保育園不足は深刻である。働く女性が第一子を出産すると65%が退職を迫られているのが現実だ。

一揆が始まって2カ月後、安倍首相は「女性の活躍を成長戦略の第一弾としたい」と日本記者クラブで会見。5年間で40万人の保育環境を整えて待機児童の解消に乗り出すと宣言した。

首相が数字を挙げて待機児解消策を強調するのは初めて。それも、デフレ脱却策の金融緩和、財政出動に次ぐ3番目の成長戦略の中核として掲げたのだ。政府の規制改革会議と産業競争力会議も相次いで同様の提言をまとめることになり、厚労省は「認可保育園への株式会社参入の全面解禁」を5月中にも裁量権を持つ自治体に通知するという。

大きなうねりが起きているように見える。だが、保育園枠が40万人増えれば、本当に待機児問題が解消されるのだろうか。答えは否だ。

「企業認可園」はたった2%

1994年の「エンゼルプラン」をはじめ、2001年の「待機児童ゼロ作戦」など国の打ち出す少子化対策は連戦連敗続き。合計特殊出生率は上向かず、待機児は依然として高水準のままである。

国や自治体の発表する待機児数は現実と大違い。緊急避難的に高額な認可外保育所に通ったり、親が退職や育児休業の延長に追い込まれたりすると待機児に算定されない。だから自治体が「新設保育園には待機児でない子どもがどっと入園してくる」と嘆くのは、自らの不明の成せること。かつて経産省は「潜在待機児は85万~100万人」と発表しており、昨今の不況による就業意欲から実際は100万人超もありうる。でも、国の発表ではずっと2万人台だ。

需要(待機児数)をきちんと把握しなければ供給(増設保育園)計画は立てようがない。就学前児童の保育所利用率は現在34・2%。たとえ5年で40万人を増員できても40%ほどにしか改善されない。「子どもを預けられれば働きたい」という親が50%を超えるのは、多くの調査で明白。とても待機児ゼロには届きそうにない。

実は、株式会社の参入が想定通りに進むのかも疑問だ。00年の児童福祉法の改正で、認可保育園への企業参入は原則認められたが、決定権は都道府県と政令指定都市・中核市にある。

企業参入への門戸は開かれてはいるものの、「保育の安全性や継続性から不適」と拒否する自治体が多い。厚労省発表で待機児が全国で最も多い名古屋市はいまだに企業認可園がない。「利益が出なければいつ撤退するか分からないので」と、企業への不信感が強い。

このため全国約2万4千の認可保育園のうち企業運営は2%弱にとどまる。企業に課せられる特別の会計処理なども大きな障壁だ。今回の厚労省の「全面解禁」はその障壁を撤廃し、普通のサービス業として運営できるようにするものだが、思惑通りにいくかあやしい。抵抗勢力が多すぎるのだ。

その一つは、保育でなく「教育」の場に固執する幼稚園。昨年の悪い前例がある。幼稚園業界の抵抗で、国が「幼保一元化」を目指した新たな子育て施設、「こども園」構想が挫折してしまったのだ。幼稚園業界は「建学の独自精神」を主張しこども園への移行を拒否。自由選択となったうえ、国からの私学助成金も継続され既得権が残った。背後で文教族議員の暗躍もささやかれた。

認可保育園の多くを運営する社会福祉法人も抵抗勢力だ。厚労族議員は「保育に企業はなじまない」と声高に社福法人擁護の気勢を上げている。

「育児は母親の手で」が本音

注目されるのは安倍首相の「横浜方式が成功したから全国で横断展開する」という発言だ。

横浜市は待機児減らしの優等生と評価されている。林文子市長が「保護者は顧客」と民営化を掲げ、保育園の増設に拍車をかけたからだ。10年度に全国最多の1552人の待機児を抱えていたが、認可保育園の約4分の1を企業に委ねて、2年後には179人に激減させた。企業運営が大半の認可外横浜保育室を市が助成し、150カ所あまりに広げた効果も大きい。

だが、全国的にみれば族議員だけでなく、共産党や旧社会党の影響下にある現場の保育士、その業界団体、そして自治体職員たちが地域で根を張り、企業参入を事実上阻止してきた。

象徴的なのは4月26日に開かれた内閣府の「子ども・子育て会議」初会合。こども園など新制度に向けた検討会が25人の関係者委員で発足したが、認可保育園を運営する企業人はゼロ。政府ですらまだプレーヤーの一員と認めていないのだ。自民党が林市長を招いて横浜方式の説明会を持った際は、参加した大物参院議員が「参考にならない」と吐き捨てた。

実は安倍首相本人にとって、今回の待機児解消宣言は必ずしもホンネではなさそうだ。

安倍首相は育児休業の3年延長を経済界に求めているが、その売り文句が「3年間抱っこし放題での職場復帰支援」。「3歳児神話」(子どもは3歳まで母親が育てるべき)を想起させる表現はさもありなん。首相は親学推進議員連盟の会長なのだ。同連盟は「育児は女性が家庭で」との女性観を引きずる。

公明党との連立政権合意文書の幼児教育無償化も、対象は幼稚園児と重なる3~5歳児。そもそも首相が所属する町村派は元顧問の森喜朗元総理をはじめ幼児教育に拘り幼稚園業界に近い文教族が多い。幼稚園は専業主婦の子どもたちが通っており、「女性が社会で活躍を」とは明らかに矛盾する。派閥の意向に逆らってまでも、押し通すエネルギーはあるだろうか。

高齢者問題は介護保険制度の創設で一気に愁眉を開いた。その合言葉は「介護の社会化」であった。首相が自らの殻を破り、「育児の社会化」を目指す以外に、成長実現への道はない。

   

  • はてなブックマークに追加