北方領土「面積等分」の見返り

安倍訪ロでプーチンが「誘い球」。ガス価格と極東開発を絡める戦術に、日本の優先順位がぐらつくか。

2013年6月号 POLITICS
by 畔蒜泰助(東京財団研究員)

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クレムリンで安倍首相を迎えるロシアのプーチン大統領(4月29日)

EPA=Jiji

4月29日、安倍晋三首相が日本国首相としては10年ぶりにロシアを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領と会談した。日本の国益にとって対ロ関係には、①北方領土問題を含む平和条約交渉、②中国の影響力の高まりを念頭においた外交・安全保障協力、③福島原発事故後の特に天然ガスを中心としたエネルギー協力——という3つの評価軸があるが、今回の安倍訪ロはどう評価すべきだろうか。

今回の最大のサプライズは、日ロの外交・防衛担当閣僚会議(2+2)立ち上げで合意したことだ。日本が2+2を開催するのは、米国、豪州に続く3カ国目。双方とも中国問題を念頭においていることは明白だろう。

エネルギー分野では、大方の予想に反して具体的な成果は見られなかった。この背景には、経済産業省資源エネルギー庁を中心に安倍政権が遂行するエネルギー戦略がある。

「安いガス」至上命題

北米発の「シェールガス革命」の余波や長引く欧州不況を背景に、ロシアは従来の主要な天然ガス市場であった欧州で苦戦を強いられ、日本を含むアジア太平洋地域への輸出先多角化が急務だ。今年に入ってロシアの大手企業ロスネフチ、ノヴァテック、ガスプロムのトップが相次ぎ来日し、天然ガスを売り込んでいるのはその証左だろう。

日本は福島原発事故後、ガスを中心とした化石燃料の輸入量が急増し、貿易収支が著しく悪化した。アベノミクス下での円安が重なれば一段と貿易収支が悪化するため、ガス調達価格引き下げが至上命題となっている。

それゆえ、安倍政権としては北米から日本への液化天然ガス(LNG)の輸入価格の目安である100万BTU(英国熱量単位)あたり10~13ドルを基準に、これと同等か以下の価格であれば、ロシア産ガスの購入を検討するとの高い交渉ハードルを掲げており、先の3社が推進するそれぞれのLNGプロジェクトの具体的な売り値提案が出そろうのを待つという姿勢だ。

日ロ間の最大の懸案、北方領土問題を含む平和条約交渉については、当初、日ロ首脳が交渉再開と加速化で一致したことが最大の成果であり、それ以上でもそれ以下でもないと思われた。ところが、翌30日、首相同行筋が驚くべき事実を明かした。首脳会談でプーチン大統領が「面積等分方式」で決着した2008年の中国との国境画定交渉や、10年のノルウェーとの大陸棚の境界画定交渉に言及したというのだ。これを北方領土に当てはめると、4島のうち歯舞、色丹、国後に加え、択捉の約25%は日本領ということになる。

その直後、安倍首相は北方領土問題に関して面積等分方式の話が出た事実はないと述べているが、仮に一般論でもプーチン大統領の側から首脳会談の場でこれに言及したのが事実であれば、それなりの含みを持ったシグナルと考えざるを得ない。従来、プーチン大統領は1956年の「日ソ共同宣言」に沿った歯舞、色丹の2島返還での決着を示唆してきたからだ。

一般には、日本の北方4島に対する主張は確固たる根拠があると考えられがちだが、必ずしもそうとは言えない。誌面の都合上詳述できないが、51年に日本が調印したサンフランシスコ講和条約には、千島列島を放棄することが明記されており、この千島列島には国後と択捉が含まれるというのが、国際的なスタンダードだからだ。

事実、同講和条約に関する51年の国会答弁で外務省の西村熊雄条約局長(当時)が、この千島列島に南千島(国後と択捉)が含まれると答弁している。

ただ、当時のソ連の側にもサンフランシスコ条約に調印していないという弱みがある。それゆえ、もし「面積等分方式」または限りなくそれに沿った形で、例えば歯舞群島、色丹島に国後島を加えた3島返還による北方領土問題の解決が実現するとすれば、それは日本側にとってもギリギリ受け入れ可能な妥協案ということができよう。

いずれにせよ、以前と比べてロシア国内の政治基盤が必ずしも盤石ではないプーチン大統領から、北方領土交渉でそこまでの妥協を引き出すには、それ相応の見返りが求められるだろう。

ロシア側が日本に期待しているのは、中国問題とも密接にリンクした極東・東シベリア地域での経済協力である。同地域での日ロ協力の本命は、戦略性や投資規模を考えると、やはり天然ガスを中心としたエネルギー協力案件ということになろう。

丸紅“抜け駆け”で大慌て

なお、今回、国際協力銀行がロシアの開発対外経済銀行およびロシア直接投資基金との間で「日ロ投資プラットフォーム」を立ち上げたが、この枠組みは極東・東シベリア地域での経済協力への重要な布石となり得る。ただ、現時点では計10億ドル(日ロ双方から各5億ドル出資)の基金しかなく、大規模なエネルギー協力案件向けには余りにも小さい。逆に言えば、安倍政権としては、まだ交渉カードを保持していると言えよう。

問題は今後、北方領土交渉でロシア側が2島返還以上の妥協案を示唆しつつ、その見返りとして極東・東シベリア地域でロシア側が望むエネルギー協力案件への日本側の関与を求めてきた場合、前述したガス調達価格の引き下げを優先した対ロシア戦略と真正面からぶつかる可能性があることだ。

領土かエネルギーか——そこに安倍政権の対ロ政策の矛盾が生まれてくる可能性がある。現に安倍訪ロ直前の4月17日、丸紅がロスネフチとLNG基地建設の覚書を交わし、サハリン1のパートナーの経産省や伊藤忠などを慌てさせた。この“抜け駆け”自体、日本の足並みの乱れを示したものだ。

プーチン政権が本当に2島以上の妥協をするのか、その国内基盤も冷静に見極めつつ、同時に、領土とエネルギーのどちらを優先するのか、首相官邸内で内部議論を詰めておくべきだろう。

   

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