中国「鳥インフル」で隠蔽工作

実は氷山の一角。上海では昨秋から「原因不明」の肺炎が多発したのに、衛生当局が闇に葬ってきたのだ。

2013年6月号 LIFE
by 盧四清(香港の中国人権民主化運動情報センター主席)

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アヒルを家禽市場で売るマスク姿の男性(山東省徳州市、4月21日)

Imaginechina/PANA

3月末、中国でH7N9型鳥インフルエンザの人への感染が確認され、翌月にかけて患者数と発生地域が拡大。世界はパンデミック(感染症の大流行)の恐怖におののいた。しかし、5月に入ってからは3人の感染が報告されただけで(5月10日時点)、事態は収束に向かっているかに見える。

しかし安心するのは早い。中国の衛生当局である国家衛生計画生育委員会の公式発表によれば、5月6日までの感染者数は129人。うち31人が死亡し、42人が回復した。これは氷山の一角に過ぎず、実際の患者数がはるかに多いのは間違いない。中国の病院では、H7N9が疑われる患者がいてもまともに検査せず、「原因不明」で済ませる場合がほとんど。また、仮に病院が報告を上げても地方政府が隠蔽しようとするからだ。

既に100人以上が死亡

実は、上海では昨年10月から「原因不明の重症肺炎」が発生していた。我々香港の中国人権民主化運動情報センターが情報を入手したのは3月上旬、北京で全国人民代表大会が開催されている最中だった。その時点で高齢者を中心に既に100人以上が死亡し、1家族で3人が死亡したケースもあった。

だが、上海市の衛生当局は事態を軽視し、「老人が肺炎で死ぬのは当たり前」と高をくくっていた。彼らは我々が調査を始めたのに感付き、やっと重い腰を上げた。そして人から人への感染の可能性が排除できない複数の症例を見つけ、慌てて本格調査に動いたのである。

当局の対応がいかに杜撰だったか、筆者の取材時の経験を紹介しよう。最初の公式発表は3月31日、「上海市で2人、安徽省で1人がH7N9ウイルスに感染し、うち上海の2人が死亡した」という内容だった。

2日後の4月2日早朝、我々センターは「上海市閔行区の病院で“原因不明の重症肺炎”が5例発生」というスクープ記事を配信した。同区内の閔行区中心病院で3月以降に診察を受けた5人が、原因不明の重症肺炎と診断されていたのだ。筆者が同病院に確認すると、電話口に出た院長弁公室の職員と呼吸器内科の医師はこれらの患者の存在を否定しなかった。

先の公式発表で死亡が明らかにされた2人は、同じ閔行区内の上海市第五人民病院に入院していた。つまり、感染源は同区内だった可能性が高い。ところが、上海市当局は我々の報道を否定し、「上海の家禽類は安全」と発表。わずか数日後、前言を翻して市場の家禽類の殺処分に追い込まれる失態を演じた。

同じく2日午後、我々はスクープ第2弾として「南京市江寧区の衛生当局がH7N9の感染者を発見し、中国疾病予防コントロールセンター(CDC)に確認中」と報じた。同区内の市場で家禽処理に従事する女性からH7N9が検出され、南京市および江蘇省の衛生当局が確認、国家機関のCDCに報告し最終確認を仰いだ。

筆者が江寧区衛生局に電話すると、職員はCDCに確認中であることを認め、「今晩ウェブサイトで結果を公表する」と答えた。だがこの段階でも、女性が住んでいた団地の住民は「団地内で消毒措置は取られていない」と証言した。女性が働いていた市場の近くにあるホテルの従業員は、「近隣住民に不安が広がっているが、市場は閉鎖されていない」と語った。

当局の情報操作の疑いが濃い事例もある。上海の56歳の男性が発熱と体調不良を訴え、4月3日と4日の2日連続で華山病院を受診に訪れた。同病院は男性を上海市公共衛生臨床センターに移送。そして、男性の喉から採取された分泌物を上海市疾病予防コントロールセンターが検査すると、結果は「陰性」だった。ところが、男性は6日から高熱を出して病状が悪化した。4月10日、同センターが気管の分泌物を採取して再検査したところ、一転して「陽性」反応が出たのだ。

不可解なのは、3月末に男性の妻が先にH7N9に感染し、華山病院で4月3日に死亡していたことだ。男性の1回目の検査は妻の死後だったにもかかわらず、なぜ陰性と診断されたのか。実は4月5日午前、筆者は男性の親族を装って同センターに電話し、「検査結果は出たか」と質問した。応対した職員は緊張した声でこう答えた。

「結果は出ている。だが、責任者が上海市政府の緊急会議に出席しており、それが終わった後でないと話せない」

複数のルートから市政府の関係部門に連絡すると、緊急会議の開催が確認できた。検査結果が陰性なら、なぜそんな会議を開く必要があったのか。当局の作意は推して知るべしだろう。

秋以降に華南で猛威か

人々が今最も恐れているのは、言うまでもなくH7N9の人から人への感染である。4月24日、世界保健機関(WHO)は中国当局との共同調査の結果を北京で発表し、「人から人への感染があったとするには証拠が不十分」という見解を示した。しかし、これは当局が公表した感染者に限った話だ。

中国では政府の医療支出が小さく、庶民は医療費の重い自己負担に苦しんでいる。当局は「検査を受けた患者がH7N9と診断された場合、検査費用は政府が負担する」などと宣伝しているが、これは「検査結果が陰性なら費用は自己負担」という意味だ。低所得者層は検査をはなから諦めるしかない。さらに、患者が検査を求めても病院が拒否するケースが相次いでいる。こうして、多数の潜在患者が闇に葬られている。

これから夏に向けて感染がいったん収まっても、秋以降にH7N9が再発する可能性が十分ある。5月上旬までは感染者の9割が華東地区に集中していたが、8~9月には渡り鳥が越冬のため南下を始める。広東省や香港など華南地区にも飛び火するかもしれない。(敬称略)

著者プロフィール
盧四清

盧四清

香港の中国人権民主化運動情報センター主席

1964年、湖南省生まれ。人民解放軍兵士だった16歳の折、民主化を求めて1年間拘束され解放軍から除籍。長沙市の南工業大学に入学、2年半で学部を繰り上げ卒業、コンピュータ専攻の大学院修士課程に入る。英、独、ロシア、日本語に堪能。89年の天安門事件では湖南省高自聯(大学連合会)主席として、20万人を超すデモを組織したが、事件後自殺未遂を経て1年間拘束される。93年、香港に亡命。プログラマー・アナリストのかたわら、94年に香港に人権組織を設立して主席となる。センターが発信した中国の内幕情報は現在までに3800件に及び、大部分が共同、時事はじめAFP、ロイター、APなどの通信社を通じて、世界の主要新聞に掲載されている。

   

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