「アル中」が酒を欲しがらなくなる新薬登場

2013年5月号 LIFE

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日本新薬が断酒補助剤「レグテクト」の承認を取得し、5月にも販売を開始する。アルコール依存症、俗称「アル中」の治療薬である。ピーク時の売上高予測は約60億円。100億円超が当たり前のがんや認知症と比べれば決して大きくはないが、国内では、この分野の薬がほとんど無いに等しいので、患者、家族には朗報。間違いなく「画期的な新薬」である。それに、この薬、将来、もっと需要が増えるかもしれない。なぜなら潜在的なアルコール依存症患者が、すでに国内に、ごまんといるからだ。

アルコール依存症は、強烈な飲酒欲求が常に付きまとい、いったん酒を飲んだら気絶でもしない限り、自分でやめることはできなくなる病気である。飲酒欲求に抗って、仮に何日か酒をやめることができても、今度は幻覚、幻聴や、手足の震えに悩まされる。それを消すために、結局、また酒を飲む。その繰り返し。あげく内臓がボロボロになり、死を招く。しかも、その間、徘徊、失踪、暴言、暴力、奇行などで家族や友人をも巻き込む。タバコがやめられないニコチン依存症の方が、まだましである。自分の健康を害するにしても幻覚、幻聴はなく、周囲の人間を巻き込むこともない。

すでに放送禁止用語になっているようだが、いまでも侮蔑的な意味合いを込め、「アル中」と呼ばれる。「なるのは意志が弱い人だけ」「自分は絶対にならない」という偏見があるからだ。ただ、そこに落とし穴がある。脅すわけではないが、アルコール依存症は、習慣的に酒を飲み続ければ、誰でもなる可能性がある。持って生まれたアルコールの耐性は人それぞれ違うが、一度に飲む酒量が増え、その人の耐性を超えると依存症になる。接待や付き合いを重ねるうちに飲酒が習慣になり、いつの間にか量が増えて耐性を超え、依存症になるケースも少なくない。明らかに常軌を逸した飲み方をしているのに、本人は「オレは違う」と否認するのも、この病の特徴。「商談に酒はつきもの」という慣習が、いまだ根強い日本のビジネス社会は、「隠れ依存症」を増やし続ける温床と言っていいだろう。

厚労省によると、医療機関に通って治療を受けているアルコール依存症患者は2011年時点で4万3千人。しかし、潜在患者は200万人とも、400万人ともいわれている。

アルコール依存症は専門の医療機関に通院しなければ治療できない。治療はカウンセリングなど精神療法が中心である。医薬品は「抗酒剤」と言って、服用後、酒を飲むと猛烈なめまいや、吐き気に襲われるタイプしかない。一定の成果はあるものの、欲求に負けて酒を飲んだ患者はとんでもない目に遭う。だから服用を拒んだり、貰っても服用しないケースがままある。

一方、今度、日本新薬が発売する「レグテクト」は脳の中枢に作用して酒を飲みたいという欲求そのものを和らげる。すでに欧米24カ国で販売されており、日本新薬が海外企業から導入して、このほど承認を得た。専門の学会から厚労省に「早く使わせろ」と要請が出ていた。重い副作用もないようだ。ただ、脳に作用する薬だけに、当面、専門の医療機関に限定して慎重に販売することになるだろう。売り急ぎは避け、地道に育てて欲しい薬である。

   

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