成長戦略まず「組織イノベーション」

なぜ日本のエレクトロニクスは凋落したのか。「人」と「組織」の立て直しなくして再興なし。

2013年5月号 DEEP [特別寄稿]
特別寄稿 : by 山田 宰( 「日本のデジタル放送の父」の元NHK放送技術研究所長(早稲田大学客員教授))

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愛知万博で展示されたスーパーハイビジョン

資源の乏しい日本がめざすべきは、科学技術の発展により国を豊かにし世界に貢献していくことであろう。日本のエレクトロニクス各社の凋落が毎日のように報道されている。技術立国日本の再興には、なぜこのような事態に至ったかの反省からスタートする必要がある。

これまで筆者は、NHK放送技術研究所とメーカーの研究開発本部で研究開発に携わり、地上デジタル放送(ISDB-T)の海外普及などを推進してきた。その経験を踏まえて、例を挙げながら私見を述べる。

多くの日本の組織は、「人」と「組織の運営」に問題を抱えている。筆者自身は約10項目の研究テーマに自ら提案・挑戦してきたが、その多くは経営陣や周囲が反対するものだった。簡単な研究には興味がなく、実現不可能と思われたテーマへの挑戦だった。上司や周囲に合わせようとするところに、技術イノベーションは生まれない。

「他社待ち」のメーカー

一例は筆者が手がけたISDB−Tである。世界にない移動・携帯受信可能な方式として1986年から研究を開始した。98年からブラジルに採用を働きかけ、説得に8年かけて2006年6月の採用決定にこぎつけた。だが当初は「ブラジルが日本の放送方式を採用することなどありえない」というのが周囲の意見だった。普及活動に日本のメーカー担当者は「ブラジルでは事業はやらない」と明言し、ブラジル国内でのデジタル放送検討グループにも参加せず、受信機普及を主導したのは欧州、韓国、台湾メーカーだったのだ。

もう一例は、走査線4000本の究極のテレビ(8K)、すなわち「スーパーハイビジョン」である。99年にNHK技研の所長に就任した筆者が喫緊の課題と考えたのは、デジタル放送の次の研究テーマであった。1年間の議論の結果、8Kを候補にしたが、ハイビジョン担当者たちの強い反対にあった。2000本のテレビ(4K)はすでに80年代からNTTが、95年にはNHKが研究を始めており、次の8KはNHKが開始しないと後れをとってしまうという強い危機感から、最終的には当時のNHK会長に直談判し2000年7月にスタートさせた。

日本では「自分の会社が将来のために今何をすべきか」という現場担当者の当事者意識が希薄だ。ロシア政府放送研究機関からの依頼で、日本のメーカーに展示会「RUSSIA HDTV

2008」への参加を呼びかけたところ、大企業でさえ反応は「他社はどこが出展するのか」であった。現場担当者が独自で判断し、トップに進言するのではなく、何もやらない方が得、他社の反応待ちの姿勢に見える。

トップは全てのことを知り得ない。現場主義は、現場担当者の真実を見抜く洞察力とそのことを主張する力、そしてトップがその主張を受け止め即決する組織風土が基本である。

筆者はいろいろな機会に「大きな経営」を訴えてきた。すなわち、世界市場で、長期戦略で、全社員の能力で、の3点だが、最後の事項だけは経営者の多くも全く論じていない。

変化が非常に速く、従来の方法論や成功体験は通用しない時代に、トップのみの判断では間違いが生じる。現場からの情報をいかに早く吸い上げ、即決するかが課題なのだ。組織の力は、全社員の能力を最大限発揮させ、それをコントロールするトップの力と言っても過言ではない。

日本企業の国際競争力の衰退は、「和」を尊ぶ生活習慣が内向きの組織構造を作り、正しいと思ったことや感じたことを率直に言わず、上司にゴマをする者が評価されたことに起因する。

数年前、オーストラリアから日本に転勤してきた女性が新聞に来日の感想を寄稿していた。日本社会では専門性が評価されず、ゼネラリストが評価され、何でこの人が要職にいるのか、という疑問を抱いたという。

多くの日本企業では「見ざる、聞かざる、言わざる」の社員でないと出世できない。会社のためによかれと思って発言しても、上司と意見が異なると評価が下がるのが実態だ。出世するにはゴマスリかイエスマンが必須の条件で、そうしてトップになった人は、文句を言う有能な人材を排除し、自分と同じタイプの無能人間を集め、新しいことは何もできず、会社を衰退させてしまう。ホンダの創業者本田宗一郎氏は「社長に楯突くようなやつでないとダメだ」、ソニーの創業者井深大氏は「尖った人材がソニーを強くしている」とそれぞれの語録で述べている。

大赤字を出して退任したトップが社内に残り影響力を及ぼす、社内のことを知らない外部取締役に議決権を持たせる、極端な選択と集中で長期的には企業の体力を弱めている、社長が後継社長を決定する——なども企業弱体化の要因である。

「競争相手」を知るべし

日経が「パナソニックは2014年度にプラズマ・ディスプレー(PDP)生産中止を検討」と報じていた。だが、米国電気電子学会(IEEE)の「スペクトラム」誌ではいち早く06年に「パイオニアもパナソニックも2010年にはPDPの生産を中止し、全て液晶になる」と予測していた。パナはその後もPDPに多額の設備投資を投入したが、この予測に会社の見解はどうだったのか。その辺に組織運営の弱点、調査・分析・戦略作りの弱さがありそうだ。

「アベノミクス」の三本目の矢は「成長戦略」である。安倍晋三総理と甘利明経済財政・再生相の陣頭指揮のもとで、有識者の意見を聞きながら政策と予算づくりを進めている。肝心なことは、資本主義社会の基本は競争にあり、競争相手が何に力を入れ、どの程度進んでいるのか、何が弱点なのかの正しい情報を得ることに尽きる。

税金を効率的に使うには、分野ごとの政府と独立した専門家集団が世界の最先端技術の動向について数年ごとに調査し、その結果をもとにした戦略を立て、政策をつくり、予算を配分することが必須である。技術イノベーションは、正しい組織運営である組織イノベーションが前提なのだ。組織イノベーションを達成できるトップが存在する企業のみが厳しい国際競争の中で生き残り、世界へ飛躍できると考える。         

著者プロフィール
山田 宰

山田 宰(やまだ・おさむ)

「日本のデジタル放送の父」の元NHK放送技術研究所長(早稲田大学客員教授)

1944年生まれ、67年早稲田大学理工学部卒、NHKでBSデジタル、地上デジタルなどを手がけ、99年にNHK技研所長、02~09年にパイオニア研究開発本部長、専務を歴任。電子情報通信学会功績賞など受賞多数。

   

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