「原子力エネルギー」に長期的なビジョンを!

斎藤 保 氏
IHI社長

2012年10月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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斎藤  保

斎藤 保(さいとう たもつ)

IHI社長

1952年生まれ(60歳)。山形県出身。東京大学工学部卒業。75年旧石川島播磨重工業入社(現IHI)。一貫して航空宇宙事業の生産技術部門の本流を歩み、相馬工場(福島県)の立ち上げで手腕を発揮した。08年同事業本部長、11年副社長を経て、今年4月より現職。趣味は読書と史跡巡り。

写真/吉川信之

――今夏、米国人投資家向けの海外IRミーティングに出かけましたね。

斎藤 ずっと技術畑を歩いてきた私にとっては初体験。大震災を克服して、全事業部門で営業黒字を確保した点が評価される一方、3%台の売上高営業利益率は低すぎる。本社のある東京・豊洲の都市開発は不動産を売り払い、成長性の高い航空機エンジン部品や車両用ターボチャージャー(過給機)に特化したら利益率が2桁になると、厳しい注文もありました。確かに短期的には儲かるかも知れないが、嘉永6(1853)年の石川島造船所創設をルーツとする当社には「技術をもって社会の発展に貢献する」という経営理念があります。投資に見合った利益追求は当然ですが、目先の利益ばかりでは、ものづくりはうまくいかないと思います。

――「三現主義」を唱えていますね。

斎藤 お客さまのニーズに世界最高水準の技術と品質で応えるためには、当社の強みであるものづくり力を、もっと鍛えなければ――。その手段となるのが「三現主義」です。課題は机上で判断するのではなく、現場で、現物に触れて、現実を観て、解決すること。日々の改善は必ずフィードバックして、次に結びつけるプロセスが大切です。

「コスト半減、工期3分の1」に挑戦

――課長時代に航空エンジン部品を生産する新工場建設を指揮しましたね。

斎藤 97年から約1年、福島県相馬市で工場新設プロジェクトを担当しました。世界一効率的なジェットエンジン部品工場をつくるという目標を掲げ、コストを従来の半分にし、工期も3分の1に短縮することに挑戦しました。

――どうやって達成したのですか。

斎藤 当時の部品工場は熟練工の技能に頼り、機械化が遅れていました。トヨタ自動車の生産ラインから学び、待ち時間ゼロの「フローライン」方式を導入しました。これは熟練工の作業工程を分割してラインに乗せ、徹底的に機械化する取り組みです。現場は「ギャ!」と悲鳴を上げたが、世界競争に勝つには「これしかない」と腹をくくって臨みました。

――世界有数の生産拠点になった相馬工場は、甚大な震災被害を受けた。

斎藤 完全復旧まで半年かかると心配されましたが、現場の底力で、2カ月後に奇跡のリカバリーに成功しました。相馬工場は福島第一原発から約50キロ。放射能が拡散し、避難勧告が出ると懸念された3月下旬、相馬市長の立谷秀清(たちやひできよ)さんから「籠城することに決めたよ」という携帯メールが入りました。市長が覚悟を決めたのに、我々が工場を見捨てるわけにはいかないと、現場は不眠不休で復旧作業に当たりました。会社としては万一に備え、従業員が家族全員で避難できるよう、工場敷地内にガソリンを満タンにした5台の大型バスを待機させていました。

夏を彩る「相馬野馬追」の総大将を、今年は立谷市長が務め、大祭に繰り出す中村神社の神輿は例年、IHIチームが担いでいます。相馬工場の従業員は約1600人。周辺には1千戸を超える仮設住宅が建っています。被災地に溶け込み、雇用を支える一番大きな工場として親しまれています。

不安が募る「三つのシナリオ」

――地元復興にどう取り組みますか。

斎藤 IHIは福島第一原発の1、2、3、5、6号機の圧力容器の製造企業であり、その廃炉には40~50年を要します。廃炉技術の研究開発は国家的プロジェクトであり、当社は中性子を遮蔽するコンクリートの研究開発などを行っています。現在、福島第一原発の高濃度汚染水を処理している「サリー」は、東芝との共同開発であり、これを小型化した処理システムにより、農業用水の除染や除染作業で生じた汚染水の浄化も可能になりました。福島県沖の海域で行われる浮体式洋上風力発電の実証研究事業にも参加しています。

――政府のエネルギー・環境会議が「原発ゼロの課題」をまとめました。

斎藤 2030年に原子力発電をゼロにすることがほぼ不可能であることが浮き彫りになったと思います。試算によれば、30年時点で原発をゼロにした場合、電気料金を含む家庭の光熱費はほぼ2倍に跳ね上がる。経済性のある価格でエネルギーが安定供給されなかったら、我が国の成長は止まり、激化するグローバル競争の中で産業と雇用の空洞化に拍車がかかるでしょう。大震災を踏まえた安全性を大前提に、エネルギーの安定供給、経済性、環境適合性の適切なバランスを確保しなければ――。30年時点で原発をゼロにする議論は偏っています。そもそも人類にとって原発は無用の長物か。日本国内だけでなくグローバルに考えるべきです。豊かさと成長を求める新興国は大量の電力が必要であり、化石燃料には限界がある。原発事故から多くの教訓を学んだ日本は、世界で最も安全で安心な原子炉を供給することで、世界に貢献する道もあるはずです。

政府が提示する30年時点の原発比率の「三つのシナリオ」は非現実的で、先行きへの不安が募ります。我々産業界にとって、今後3~5年の電力確保が気がかりです。まず安定供給の道筋を明らかにしてほしいと思います。

――総選挙が近づいてきました。

斎藤 首相官邸に「原発反対」を叫ぶデモが押し寄せていますが、自ら節約して江戸時代の暮らしに戻りたいと思う人はいないでしょう。もし、原発がなくなったら、エネルギーコストが上昇し、企業はどんどん海外に出ていきます。日本は空洞化し、雇用がなくなる恐れがあります。

政治家には目先の選挙にとらわれず、10年~20年後、或いは30年~50年後の長期的なエネルギービジョンを示してほしいものです。選挙に勝つために「原発ゼロ」の旗を掲げるようでは、国の針路を誤ると思います。

   

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