アル・カイダが制したサハラ古代都市

第二のバーミヤン遺跡か。「世界遺産」の聖墓が破壊された。リビア崩壊で武器が流入した。

2012年9月号 GLOBAL
by ゴードン・トーマス(インテリジェンス・ジャーナリスト)

  • はてなブックマークに追加

破壊される前のトゥンブクトゥ遺跡(10年5月撮影)

AFP=Jiji

アフリカ大陸の最貧国のひとつ、西アフリカのマリ共和国北部に、国際テロ組織アル・カイダの紋章をつけた新しい旗が翻った。この北部一帯がついにアル・カイダの手に落ちたのだ。灼熱の砂漠にはためく旗は、北方の隣国アルジェリアに暗い影を落としている。

飢えた約25万人の避難民が近隣諸国の難民キャンプに押し寄せ、さらに20万人が首都バマコへと南下している。機能不全に陥ったマリ政府に、北部地域を奪還する力はあるだろうか。

北部の中心地は「333人の聖人の町」として知られ、かつては金や象牙、奴隷などの商人が行き交う交易地点として栄えた砂漠の古代都市トゥンブクトゥ。トゥンブクトゥはモーリタニアやセネガル、シエラレオネの港への経由地でもある。

北部遊牧民と手を組む

故オサマ・ビン・ラーディンの後を継いでアル・カイダ最高指導者に就いたエジプト人医師、アイマン・ザワヒリは「イスラム・マグレブ諸国のアル・カイダ」(AQIM)創立の首謀者でもある。アルジェリアやソマリア、パキスタンなど世界各国のイスラム社会にいる聖戦士の支援を受けながら、英国の3倍の広さの土地を支配下に収めることに成功した。

トゥンブクトゥにおけるAQIMの存在はこれまで把握されていなかった。英国でスカウトされ、トゥンブクトゥに向かったテロリストを英防諜機関MI5が追跡して確認したころには、すでにテロリストの訓練とリクルートの基盤固めができていた。

2011年のカダフィ独裁政権の崩壊で、リビア政府が保有していた大量の兵器が略奪に遭い、国外に流出したことも追い風となった。MI5も報告書のなかで「AQIMはマリ北部の周辺地域で暮らす遊牧民トゥアレグ族の協力を得ながら、武器をマリに運び入れることができた。ザワヒリにとってカダフィ政権崩壊はまたとないチャンスをもたらしたのだ」と指摘している。

以前から北部で反政府運動を展開していたトゥアレグ族は11年のリビア内線でカダフィ側について戦闘経験を積み、帰国後に、武装集団「アザワド解放民族運動」(MNLA)の活動を先鋭化。今年に入り戦闘活動を始めた。

政府は国軍を派遣して鎮静化に乗り出したが、MNLAの勢いは収まらず、3月には政府の対応に不満を募らせた一部の国軍兵士によるクーデターが発生した。翌4月にアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ前大統領が辞任に追い込まれ、国会議長だったディオンクンダ・トラオレが総選挙の実施を目指して暫定大統領に就任した。しかし、トラオレ大統領は5月下旬にデモ隊の襲撃に遭って負傷し、7月27日に帰国するまで治療のためフランスに滞在していた。

この間隙を突いてMNLAは北部にある複数の都市を制圧したのだが、今度は共闘関係にあったとみられていたアル・カイダ系イスラム武装勢力アンサル・ディーンなどとの武力衝突に発展。アル・カイダ勢力による領土の奪取が進んだ。

ジョナサン・エバンスMI5長官はロンドンで非公開会議を開き「マリで訓練を受けたテロリストは2千人近くに上ると推定される」と述べ、「その一部が南米からアフリカに渡ったコカインをサハラ砂漠経由でスペイン南部に運び入れ、英国など他の欧州各国に密輸するルートを運営するために使われている」ことを明らかにした。

MI5の調べでは、ザワヒリは7月上旬、パキスタンやソマリア、イエメンの主要戦闘員をトゥンブクトゥに集結させ、密輸の監督に当たらせたという。

スペイン、フランス、ドイツ3カ国の警察麻薬対策班も、アルジェリアとモロッコを経由して欧州に麻薬が密輸されている事実を確認済みで、アル・カイダと南米の麻薬王、欧州の犯罪組織との連携の可能性も指摘されている。

AQIMはさらに、英仏両国がリビアに介入した直後、米国がマリ軍に供給した武器――衛星電話とナビを装備したランドクルーザー87台、大砲、ロケット発射装置、米国製小型兵器と弾薬の保管庫などを略奪した。

トゥンブクトゥでは5月以降、ザワヒリの指示を受けたアル・カイダの兵士たちが、略奪した兵器を使って、歴史的な聖者の廟を次々に破壊し始めた。世界遺産の聖墓まで一部破壊され、国連教育科学文化機関(ユネスコ)のアリッサンドラ・カミングズ執行委員会委員長は「やりすぎ」と非難し、「誰であっても、後世への責任を果たすために遺産を破壊すべきではない」と憤懣をあらわにした。ユネスコは6月28日、トゥンブクトゥと近辺の都市ガオにある「アスキアの墓」を“危機遺産”リストに登録したが、7月には16カ所の聖者の廟も襲撃された。「第二のバーミヤン」が頭をよぎる。

地対空ミサイルの恐怖

さらに、アル・カイダがリビアから多数の携帯型地対空ミサイルをマリに密輸したとのMI5の情報も、英仏両政府にとっては頭が痛い。マリはアルジェリア南部、モーリタニア東部および南部、ニジェール西部と国境を接しており、これらの国境周辺の上空はフランスや他の国々の民間機の定期空路になっている。ミサイルで民間機を攻撃されてはたまらない。

トゥンブクトゥは今、シャリーア(イスラム聖法)体制下にある。地方ラジオ局は西側の音楽の放送を禁じられ、女性が頭部の覆いを脱いだ姿を人に見られれば顔面を殴打される。金曜礼拝の後は、ささいな過ちを犯した人々に鞭打ちの刑が科されるようになった。

マリ北部の砂漠では、人々は飢餓と恐怖に苛(さいな)まれている。トゥンブクトゥの住民は、カダフィが殺される前に「敵はアル・カイダだ。この戦争はアル・カイダとの戦いだ」と叫んでいた光景を思い出している。

イスラム系アフリカ社会特有の日干しレンガ造りの三大モスクのうち「サンコレ」と「シディ・ヤヒア」の二つも蛮行の徒の手に落ちた。歴史あるアラブ文化の象徴的な建造物が、あとどれだけバーミヤンの大仏の運命を免れられるのか。(敬称略)

著者プロフィール
ゴードン・トーマス

ゴードン・トーマス

インテリジェンス・ジャーナリスト

脚本やBBC、米テレビ放送ネットワーク向けテレビ番組も手がける。2005年2月に放送されたフランスのテレビ番組でダイアナ元妃の事故死についてコメント、同番組の視聴者数は900万に上った。対テロ国際会議(2003年10月、コロンビア)で講演したほか、米中央情報局(CIA)、英防諜機関(MI5)、米連邦捜査局(FBI)、英対外諜報機関(MI6)など世界34カ国の諜報機関幹部を対象にした講演では、1時間半のスピーチの後の質疑応答に2時間が費やされた。ワシントンで米国防総省、その他機関の関係者を対象にした講演経験もある。FACTAのほか、英独など欧州やオーストラリアのメディアにも多数寄稿。著書に『インテリジェンス闇の戦争』(講談社、税別1700円)など。

   

  • はてなブックマークに追加