米欧の次は中国経済「失速」

4兆元対策の後遺症で投資も消費も今や八方塞がりだ。人民元先高観の後退に潜む「成長停滞の罠」とは。

2012年8月号 BUSINESS [高度成長の終焉]
by 津上俊哉(津上工作室代表)

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6月、7月と利下げした中国人民銀行の周小川総裁

Imaginechina/PANA

中国経済が急減速している。6月からの二度の利下げでいまや周知の事実となったが、メディアに登場する中国のアナリストたちは、未だに「物価沈静により政府が成長維持に軸足を移したので、第3四半期には景気が底打ちする」といったノーテンキな観測を語っている。

「おためごかし」もほどほどにすべきだ。2008年のリーマン・ショック後に行った4兆元投資の後遺症はそんなに生易しくない。

誰も信じない7.5%成長

統計局発表によると、昨年のGDP(国内総生産)は9.2%成長で、うち投資が5.0%分、消費が4.8%分の貢献を行い、純輸出が約0.6%分だけ成長の足を引っ張ったとされている。

しかし、成長の過半を支えた固定資産投資の額は30兆元(日本円換算で約380兆円)という途方もない数字だった。今年同じ規模の投資を実現できれば、成長の足を引っ張らずに済むが、見通しは暗い。

投資の3分の1を占める製造業は景気急落で「越冬」モード。4分の1を占める不動産は住宅価格暴騰を咎められて、未だに「監視下」にある。いずれもとうてい前に出られる状況にない。

もっと深刻なのは、4分の1を占め、4兆元投資の主役でもあった鉄道・道路や都市インフラなどの公共事業の「失速」だ。この3年間に行った投資は10兆元以上、「5~7年分の投資をしてしまった」。

おまけに、インフラ性の強い投資は回収に10年以上かかるのに、地方政府配下の国有企業や「融資平台」(融資プラットフォーム)が借りた金は3~5年の償還期が到来し始めた。

いま、地方政府(系企業)の多くが、借り換えなしでは償還に事欠く重債務状態に陥っている。担保はあっても土地か地方政府の保証だから、不良債権「第Ⅱ分類」判定が多発するはずだが、杓子定規にやれば「社会の安定」を害する。金融当局(銀監会)は去る3月、融資平台が総額管理に従えば、銀行に「非分類」債権のお墨付きを与え、借り換え融資を認める救済措置を打ち出した(破綻懸念先は除外)。

この状況では投資を伸ばしようがない。国務院は景気下支えのために、余力を残す中央財政から補助金を前倒し・増額して、中西部の事業や工期半ばの事業を加速する政策を打ち出したが、前年並みの事業量を確保するのも容易ではないはずだ。

外需の低迷は言うに及ばずだから、残るバッターは消費だけだが、一本足打法で今年7~8%の成長を達成できるか。

過去数年、二ケタの賃上げが続いたおかげで、消費だけは堅調を保っているが、GDPの5割に満たない消費が7.5%成長を牽引するためには、15%以上の伸びが必要だし、物価上昇分を加味した名目では20%近く伸びなければならない。消費の財布のヒモがそこまで緩むような大幅賃上げを、不況下の企業が行えるとは思えない。

いま、ビジネスの一線にいる人で、政府の成長目標7.5%を額面どおり信ずる人はまずいない。「比較的正直な統計」と称される電力統計を見るにつけ、足許では5%にも届いていないと思える。

こうなることは、地方政府が資金繰りに窮し始めた1年前から想定できた。借金に頼った景気刺激を何時まで続けられるものではない。押し上げられた投資規模が元に戻るときに、成長が下方圧力を受けることは避けられない。

政治は、秋に迫った習近平政権への交代を不景気で迎えたくはないだろうが、いかんせん手詰まりである。無理な借り入れで公共投資を続ければ、不良債権の累増を招く。それが禁じ手と誰しも分かっている。となれば、残る手段は数字の加工しかない。結果として、中国は12年、実感からほど遠い7.5%成長を「達成」するだろう。

人民元の先高期待が後退

以上のような「景気循環」では捉えきれない問題を孕んでいるのが、昨年秋から続く外為市場の「異変」だ。「人民元は先高」というこれまでの「常識」が崩れつつある。

外貨の取引・保有が制限されている中国では、本来なら貿易黒字と外国投資(受入)の合計額が企業から銀行に売り渡されるはずである。金融機関がその外貨買入のために支払った金額(「外匯占款(ワイホイジヤンクアン)」と呼ばれる)は統計で知ることができるが、実際には恒常的に貿易黒字と外国投資の合計額を上回ってきた。この出所不明な差額がいわゆる「ホットマネー」である。

ところが、年々実需を大きく上回るペースで累増してきた外匯占款が昨年10月を境に、ぱったり増えなくなっている。そう聞くと「ついに外資が中国からホットマネーを引き揚げ始めたか!」と感じる読者がいるかもしれないが、筆者の解釈はこうだ。

貿易黒字・外国投資の合計額は昨年も今も月間200億~300億ドルと大きく変わっていない。それなのに、掌を返すように需給が急変したのは「期待」が変化した、つまり市場が従来ほど「人民元先高」の見方を支持しなくなったことを示唆している。昨年10月と言えば、金融引き締めがいっこう緩まらず、浙江省で企業経営者の夜逃げ・自殺や民間高利貸の焦げ付きが発生、景況感が一気に悪化した時期だ。

景況感の悪化と踵を接して需給が急変したことは、ホットマネーの「主役」は誰かを示唆している。ホットマネーは「海外企業が中国に不法な手段でカネを持ち込んで将来の差益を得る行い」と理解されてきたが、月間数百億ドルという過去の規模の大きさから見ても、実態は違う。

ホットマネーの主役は大国有企業を含む中国企業であり、非合法取引でもない。輸入決済などの「実需」名目で銀行からドル資金を短期で借り入れ、国内で開設されている先物市場を利用してサヤを取る取引が続いてきた可能性が高い。

言葉を換えれば、中国国内に大きなドルショートのポジションが形成されてきたということである。ただ、許認可を経た合法ルートの取引だから、解消するときも合法ルートを通る必要があり、一挙にリワインド(巻き戻し)する訳には行かない。その結果が、いま起きている実需ドル売りの規模に合わせた漸進的なポジション解消ということではないか。

官の肥大と高齢化が忍び寄る

この期待の変化は、景気循環に基づく一時的な現象だろうか、やがては「元に戻る」のだろうか?

中国人民銀行(中央銀行)首脳陣は昨年以来、しばしば「人民元レートは均衡水準に近付いた」とし、理由として以下のような「中国経済の構造変化」を挙げる。賃金を始めとする諸コストの上昇、コモディティ高騰による交易条件悪化、不動産価格(主要な資産価格)が国際水準と接近したこと、対外投資の増大などである。

中でも日増しに実感されるのはコスト上昇、とくに賃金上昇だ。背景には内陸余剰労働力がおおむね払底して完全雇用状態に近付いたこと(いわゆる「ルイスの転換点」)がある。

今の中国は日本の昭和40年代初期に当たり、今後は中国でも賃金が継続的に上昇していくが、そこで問題になるのは生産性向上の度合いだ。生産性の向上が伴わなければ、コストプッシュ型のインフレ体質になり、名目で伸びても実質の成長が低下してしまう。昨年後半から中国で流行りだした「中所得国の罠(新興国の成長停滞)」という言葉は、この問題意識と重なる。

昨年後半は、4兆元投資の後遺症の重さが世間に知られていった時期でもあった。「投資失速」は景気循環マターだが、4兆元投資は10年近く続いてきた「国有セクターの肥大傾向」(国進民退)もダメ押ししてしまった。生産性を上げなければ実質成長が見込めない時代が来たのに、「官」が肥大していることは、この上なく悪い知らせだ。

もう一つの悪い知らせは、急激に進む少子高齢化(未富先老)だ。昨年4月に発表された10年国勢調査結果により、第11次5カ年計画中の人口増が見込みの3分の2程度にしかならないことが明らかになり、少子化が政府想定より急激に進行していることが分かったのだ。

従来から懸念してきた年金負担の増大だけでなく、労働人口比率低下に伴う「人口オーナス問題」も人口に膾炙し始め、憂慮の念が拡がっている。

最近は「そもそも成長率はリーマン・ショック前から下降し始めていた。4兆元で高成長に戻ったような錯覚に陥ってしまったのだ」との認識も拡がっている。

以上のように、人民元先高期待が減退したのは、構造変化から今後の経済成長の減速を読み取ったことによる面が大きい。

いずこも同じ抵抗勢力の壁

ここで筆を擱けば、本稿は「中国経済崩壊論」になり、「怖いもの見たさ」のニーズにマッチするかも知れないが、あいにく話の続きがある。

住宅価格は数割下落してもおかしくないが「土地バブル崩壊」は起こらないだろう。暴騰した土地価格は、いま新規供給の激減という形で調整されている。地方政府が土地の供給を独占しているからだ。この仕組みが改まらないかぎり、価格の崩落は起きにくい。

このように直ちに中国経済が崩壊する訳ではないが、現状を放置すれば矛盾は一層深まる。目下の経済不振を前にして、経済論壇や政策建議者の間では、今後の経済政策について、激しい論争が繰り広げられている。なかでも焦点は、「国進民退」を逆転できるかであり、次のような政策が一部は実施され、また論じられ始めた。

①統合増値税の推進と減税 前段階取引で負担した税が控除できない営業税を増値税に統合して減税。上海でトライアルが始まった

②国有独占分野への民間参入促進 代表的国有独占業種、銀行業への民間参入トライアルが私営企業のメッカ、浙江省温州市で始まった

③金利自由化の推進 3%近い銀行預貸マージンの圧縮。1%圧縮すれば年間で8千億元、日本円で10兆円以上の富が銀行から企業や家計に移動する(7月5日の2カ月連続の政策金利引き下げで0.2~0.3%ほど縮まった)

④「官」が貯めた富を将来の年金財源に充てる 激増する年金負担を賄うには国有企業株を社会保障基金に移管するしかないとの提言である。改革なしでは、国庫の年金債務規模は2050年にGDPの80%に達するとの警告的試算も発表された

中国も日本と同様、少子高齢化による成長制約は避けようがない。しかし、以上のように、少しでも長く成長を維持するために打てる手はいろいろある。「官」の既得権益はこの10年で急激に肥大したので、絞るべき雑巾の水気はたっぷりだ。

富の移転による民力培養、独占の緩和などを積み重ねれば、昨今の「悲観一色」の雰囲気も変わってくるが、一方で改革への抵抗を克服することは、日本の「白アリ退治」以上に困難だろう。

習近平政権のこれから10年間はこのような課題に取り組むことになるが、問題は本気の度合いとスピードである。改革が進めば成長の時代が先延びし、「和諧社会」の実現にも多少近づくが、進まない場合は中国共産党も歴代王朝の轍を踏むことになるだろう。開朝後数十年間興隆を誇った後は停滞に陥った多くの王朝の後を追うことが避けられなくなるということである。

著者プロフィール

津上俊哉

津上工作室代表

1980年東大法卒、通商産業省入省。在中国日本大使館経済部参事官、北東アジア課長などを歴任。著書に『中国台頭』『岐路に立つ中国』。

   

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