電通「LED循環取引」の全貌

刑事告発の予定というが、警察に先駆けて本誌が解剖。循環取引から巨額の水増し発注へ「大化け」していた。

2012年5月号 BUSINESS [ピラニアの饗宴]

  • はてなブックマークに追加

114億円の発注書

節電時代の寵児となったLED照明の「闇」はどこまでも深い。

広告最大手の電通が100%出資する子会社、電通ワークスが、LED照明事業から撤退することになった。

本格進出からわずか2年――。

本誌は前号で鉄鋼大手、JFEホールディングスの子会社、JFEエンジニアリングが、「闇」に潜むブローカーたちの餌食となり、進退窮まってLED照明事業から撤退したことを報じたばかりである。

さらに本誌前々号が“さわり”を紹介した電通ワークスも事情は似たり寄ったり。撤退理由を含む本誌の7項目の質問に対し、電通と電通ワークスの「回答」は、3項目にわたって「現在、警察に相談しており、刑事告訴の予定です。捜査に影響を及ぼす恐れがありますので、取引の詳細に関する回答は、差し控えさせていただきます」と判で押したような文面だった。そこにかえって切実さが滲み出ている。

もはや疑惑の段階ではない。電通ワークスのLED照明「水増し発注」は、立派な事件である。中小企業の事業支援会社、ウェルバーグから約120億円分(前々号では113億円だったが継続取材により修正)のLED照明の発注を受けた電通ワークスは、LED開発会社のワールド・ワイド・エンジニアリング(WWE)に約114億円で丸投げした。ところが、これが電通ワークスの前渡金約44億円を狙った「水増し発注」で、WWEの下請け業者であるエフティコミュニケーションズ(ジャスダック上場)を巻き込むトラブルとなっている……。

全日空商事「架空取引」が起点

だが、事態はもっと深刻だった。

蛍光灯より割高とはいえ、一本1万~2万円もする直管型LED照明を、一気に120億円分も発注するなど、業界の誰に聞いても前代未聞。そこに至るには、電通ワークスがWWEをはじめとする企業と、直接間接に絡む循環取引があり、120億円の発注はその解消を狙うものだったことが浮かんだ。

その起点を、全日空商事が巻き込まれた「架空取引事件」に求めることができる。

警視庁捜査2課は2010年5月12日、複数の商品の架空取引で、全日空グループの商社部門、全日空商事から3億数千万円を詐取したとして、元社員のA容疑者ら3人を逮捕した。

事件は10年だが、発覚は07年で、その時点で全日空商事での身分を失ったAは、LED照明を扱うイーツーワールドプロモーション(E2ワールド)の立ち上げに参加、社長に就任していた。

このE2ワールドの最大顧客が、電通ワークスだった。09年末ごろから、電通ワークスがLED照明をユーザーに販売、E2ワールドはWWEから仕入れて電通ワークスに納品するという商流ができあがっていた。ユーザー→電通ワークス→E2ワールド→WWEという発注の流れである。

ただ、電通ワークスは「電通」という看板はあっても、ビル管理と人材派遣が主の社員数約480人、年商約200億円の会社。照明事業に進出したとはいえ、ユーザーを抱えているわけではない。

そこで現実には、LED照明事業にいち早く取り組んでいたWWEの長谷川篤志夫社長とE2ワールドのAが、代理店を通じてユーザーを電通ワークスに紹介、発注を受ける形だった。

だが、次世代照明と言っても、早い話が蛍光灯の付け替え作業である。「俺の顔でなんとかなる」という代理店=ブローカーが跋扈する世界になっていた。Aのようにスネに傷を持つ人間も少なくない。

彼らが「売り上げが欲しい」という電通ワークスのO担当グループ長の気持ちにつけ込む形で循環取引を開始したのだという。確かに当初、電通ワークスからE2ワールドへの発注額は、数百万円と小口で実需を思わせるものだったのに、しだいに金額が大きくなり、10年3月期の期末から数千万円から数億円に跳ね上がった。

「売り上げ欲しさ」の思惑から

ただ、この時点の循環取引は、前渡金の範囲内で行う「節度あるもの」だったとWWE関係者は言う。そしてこう打ち明けた。

「LED照明は、半導体のチップと電源とチューブ(管)の三つで成り立っていますが、原価の過半を占めるチップは、メーカーが強気で現金取引が基本です。そこで、注文の時点で電通から約50%の前渡金をもらうようになった。ただ、注文といっても、いろいろな代理店が絡むので、彼らが思惑で発注、そこに我々が便乗することも、正直言ってありました。また、電通ワークスのOさんにもノルマ達成の事情があり、前渡金の範囲内で電通ワークスを軸とする循環取引が始まりました」

簡単にいえば、売り上げが欲しい電通ワークスと、資金繰りに忙しい代理店や、E2ワールド、WWEの思惑が合致、前渡金という“制度”にも助けられて、循環取引が始まった。そこには、今後急増する実需で解消すればいいという、それぞれの手前勝手な“計算”もあった。

その「節度」のタガが外れるのは、「A逮捕」である。急遽、E2ワールドの社長にWWEの長谷川が就任、商流は短くなるが、代理店という名のブローカーが増えていった。その結果、WWEを通さない代理店と代理店が、電通ワークスをサンドイッチにする商流も生まれてきた。

実需に基づかない循環取引に良いも悪いもない。電通ワークスが東証1部に上場する電通の連結子会社であることを考えれば、金融商品取引法違反の粉飾ではないか。

ただ、それでもWWE関係者の解説に従えば、WWEの絡む約42億円の循環取引と、それ以外の約22億円の循環取引には、電通ワークスへの還流がないという意味で、悪質さに差があるという。

もっともそれは単なる“言い訳”にすぎまい。代理店、電通ワークス、WWEのそれぞれの思惑のなかで、電通ワークスの前渡金はいいように処理されて穴が開き、後者の「詐欺的循環」と比べれば悪質さが少々劣るというだけのことだ。

その認識は電通ワークスにもある。

「詐欺的循環」では約22億円が架空発注され、約11億3千万円が前渡金として渡り、「ブローカーの闇」に吸い込まれているのだが、このカネは11年3月期決算の特別損失219億円のうち「取引上のトラブルによる特損」として処理されている。この期の純利益が216億円しかない電通にとって、痛くないはずがない。

「ハイエナ」たちがぞろぞろ

実際、この商流にいる“ピラニア”たちの顔ぶれには驚くばかりだ。事件化したハコ企業の丸石自転車(04年に東証2部上場廃止)、大盛工業(東証2部)などの増資に絡んだ「資本のハイエナ」と呼ばれる人物、過去に未公開株事件や詐欺事件などで逮捕された人物、捜査当局に企業舎弟として認定されている人物などが登場する。

ただ、“傷”のある彼らは、役員として表に名を出すことはなく、部長、担当、顧問などの肩書を持つに過ぎない。そして、商流を複雑にするために、多くの「受け皿会社」を設立、代表には上場企業の役員経験者などを連れてきた。

そんなダミーに仕立てられた元社長が、今も怒りをあらわにする。

「とんでもない連中でした。東京・御徒町の著名スーパー、お台場の著名劇場などでLED照明を受注したといっては、1億数千万円、2億数千万円と、とんでもない金額を電通ワークスに発注する。電通ワークスから半額の払い込みがあると、代理店間を転がして使い込む。そこに捺してある代表印は私のもの。『ふざけるな!』と、怒鳴りつけて契約書を回収、辞任しました」

その会社は、社名と住所を転々と変え、代表を逮捕歴のある人物の妻に代え、今は休眠状態である。

「ウェルバーグ社向けLED照明 納品」と書かれた電通ワークスのやけに簡単な発注書が、WWEに向けて出されたのは10年9月22日。作業期間は11年6月30日までで、備考欄に「ツルハ、マツモトキヨシ、オートバックス」とある。

金額は113億7363万5750円!

業界が目を剥く巨額発注が生んだトラブルは、前々号に記したので繰り返さないが、背景は以上の通りである。

では、電通ワークスは事件にどこまで関与していたのか。Oグループ長は循環取引や水増し発注を承知していたのか。

電通と電通ワークスは本誌に対し連名で回答を寄せた。

「社員が不正な取引に関与していたという認識はありません。当社は本件の被害者と認識しております」

そして本誌が具体的な細部について問い質すと、前述のように「警察への相談」を理由に答えようとしなかった。だが、1年以上に及ぶ詐欺的取引と決算の粉飾行為が、内部の“協力”なしに行われたとはとても思えない。

ともあれ、高い授業料を払った電通は、3月30日をもってエフティコミュニケーションズにLED事業を譲渡して撤退、後は司直の手に委ねるという。

電通は手を汚さなかったのかどうか、「闇」の完全な解明を期待したい。

   

  • はてなブックマークに追加