橋下維新が操る「三つの魔術」

「郵政民営化選挙」「政権交代選挙」の失敗を再び繰り返すのか。「橋下旋風」の危うさ。

2012年5月号 DEEP [特別寄稿]
by 川上和久(明治学院大学教授)

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「二度あることは三度ある」

物事は繰り返し起こる傾向があるから、「失敗」を重ねないようにという戒めだ。英語では<One loss brings another>という諺がこれに該当するだろうか。日本語でも英語でも、「悪いことは繰り返し起こる」というネガティブな意味合いで使っていることは共通している。

今の日本の政治状況から、この諺を連想する人は多い。一度目は、いうまでもなく、2005年の「郵政民営化選挙」。郵政民営化の呪文にメディアも含めて「熱狂」し、小泉自民党が圧倒的勝利を収めた。二度目は09年の「政権交代選挙」。当時の民主党が掲げたマニフェストへの評価は、世論調査の結果を見てもさほど高いものではなかったが、歴史的な政権交代への期待をメディアが喧伝し、民主党が地滑り的大勝利を収めた。

当時、洪水のように報道された「郵政民営化」「政権交代」に乗せられ、無党派層と重複するテレビの高視聴者が、05年の衆院選では自民党、09年の衆院選では民主党に投票する傾向が強かったことが世論調査から明らかになっている。しかし、二度とも政治の停滞は打破できなかった。

無党派に憲法改正派が急増

「二度あること」を三度目にしつつあるのが、橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」なのか。橋下市長の衝撃の大きさを物語る一つの証左が、3月19日付の読売新聞1面、11面の世論調査記事だ。この記事によれば、憲法改正賛成派が、昨年9月の調査から、わずか半年で11%も上昇している。また、「ねじれ国
会」について、与野党が対立する法案が成立しなかったり、遅れたりするという否定的評価が56%に達し、国会の二院制のあり方についても、「衆院と参院を合併して一院制にする」が半年で11%上昇して37%にのぼっている。

特に、無党派層で憲法改正賛成の比率が半年前から15%も増えて55%に達しており、無党派層で一院制が望ましいと答えた比率も半年前から16%も増えて41%にのぼっている。

衆参ねじれ国会で、与野党の合意形成は円滑に進まず、「決められない政治」に対する根強い不満はあるだろう。しかし、この半年での急激な数値の変動には、やはり、橋下市長が、維新の会による「船中八策」の叩き台を3月10日に公表し、「統治機構の作り直し」「財政・行政改革」「教育改革」「経済・雇用・税制」などと並び、八つ目の策として「憲法改正」を取り上げ、憲法改正に必要な衆参両院の賛同を3分の2以上から2分の1に緩和することや、首相公選制、将来的な参院廃止を視野に入れた抜本改革を謳い、「決める政治」「動く政治」のメディアへのアピールに成功したことも影響している。橋下市長は、今後も「第一の魔術」である「動く政治への期待」を次々に繰り出すだろう。

橋下市長がメディアにアピールする「第二の魔術」は、「敵」を作り上げる小泉元首相ばりの巧みさだ。市営バス運転手の高給を指弾したり、市役所に陣取っての市労組のこれまでの専横をアピールし、市と労組の馴れ合い体質への怒りを掻き立てた。

世代の代表として、若者世代にとって歓迎すべき政策を巧みに打ち出しているが、損得がつきまとう政治の常として、高齢世代を「潜在的な敵」にすることで若者世代を惹きつけている。

国民すべてに一定額の現金を給付する「ベーシックインカム」で行政コストを安くし、今後の世代の負担を減らす期待を持たせたり、「年金の積み立て方式と掛け捨て方式の併用」で、その世代の積み立てはその世代に支給するというような形を目指し、世代ごとの受益と負担の一致も視野に入れている。

さらに、最近では敬老パスの問題点も指摘して、「高齢者優遇」の政治にけじめをつけようとする姿勢をアピールしている。他の都市では、半額負担や所得制限のあるケースが多く、所得の多寡にかかわらず無料を維持しているのは、全国の政令市で大阪市だけだということで、「高齢者優遇との決別」を謳って若い世代の支持を確固たるものにしようとしている。

国民に問われる「熟慮の判断」

「第三の魔術」は、メディアにアピールするだけでなく、たとえメディアに叩かれたとしても、新しい武器「ネットメディア」を駆使して、それに反撃する術を持っているということだ。市長選挙の際、週刊誌に係累のことも含めてバッシングに遭いながらも、ツイッターで「週刊誌に書かれている通り。何が悪い!」と反撃し、「ネットで既存メディアに立ち向かう勇敢さ」をアピールした。最近でも、読売新聞の渡邉恒雄主筆が月刊誌「文藝春秋」誌上で、橋下市長の2月12日付朝日新聞インタビューでの、「選挙では国民に大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任なんですよ」という発言に、「私が想起するのは、アドルフ・ヒトラーである」と懸念を示した。ヒトラーが「全権委任法」を成立させ、「ファシズムの元凶となった」として、「これは非常に危険な兆候だと思う」「この点、はっきりと彼に説明を請うべきだろう」と指摘したが、橋下市長はツイッターで反論、「渡邉VS橋下」の世代間戦争を演出し、大メディアに立ち向かう姿をまたまた演出してみせた。

谷垣禎一自民党総裁は60代、野田佳彦首相は50代だ。40代の橋下市長は、昨年の大阪市長選挙で、特に20代、30代の根強い支持を得て当選した。「三つの魔術」が賞味期限切れすることなく繰り出されれば、若い世代の支持を受け続け、次の国政選挙で大ブームを起こす可能性は大きいと私は見る。

悪いことが繰り返される戒めが「二度あることは三度ある」ならば、良いことは続かない戒めは「柳の下に二匹目の泥鰌はいない」だ。50代の泥鰌宰相は消費税増税法案、ねじれ国会、抵抗する野党と八方塞がり。瀕死の泥鰌を駆逐して、40代の橋下市長が若い世代の新しい「水」を得て二匹目の泥鰌をゲットし、見事な包丁さばきで日本を国難から救えるのか。政策に柔軟性を持たせてはいるものの、国際競争力を維持するために、失敗は許されない。国民の熟慮の判断が求められる。

著者プロフィール
川上和久

川上和久(かわかみ・かずひさ)

明治学院大学教授

1957年東京都生まれ。86年東京大学大学院単位取得退学。明治学院大学法学部長、副学長を歴任。専門は政治心理学・戦略コミュニケーション論。97年から現職。『メディアの進化と権力』など著書多数。

   

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