編集者の声・某月風紋

2012年2月号 連載
by 宮

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クリスマスに郡山市を再訪する。全村避難を余儀なくされた川内村住民が、県内最大の避難所となった「ビッグパレットふくしま」に到着したのは小雪の舞い散る3月16日の深夜だった。8月末に避難所は閉じられたが、村の災害対策本部は敷地内に残る。遠藤雄幸村長は「戻れる人は戻る、心配な人はもう少し様子を見てから戻る。帰村するかどうかは自主判断に委ねます」と語る。この一帯には仮設住宅が立ち並ぶ。富岡町から避難した老女はパレットで半年暮らし、今は仮設に一人で住む。「パレットは有名人がたくさん来て、結構楽しかったんだよ。うちの町長はじきに戻れると言うけど、そんなわけないっぺ……」

12月26日、政府の事故調査委員会が500ページに及ぶ中間報告をまとめた。延べ456人から計900時間の聞き取り調査を行った労作だが、責任追及を目的とした調査・検証は行わず、聴取は原則非公開だった。

そもそも閣議決定で作られた政府の事故調には法的根拠がなく、独立した調査権限もない。何をかいわんや。中間報告では「法律等によって制度的位置づけのない組織」でありながら、総理や関係閣僚らが事故対応を専断した「官邸5階」の失態を見逃すように、菅首相や枝野官房長官の聴取を見送った。

また中間報告は、3月12日早朝、菅首相が急きょ福島第一原発に来訪した際、吉田所長が「多くの幹部を割く余裕はなく、自分一人で対応しようと決めた」ことを明らかにしたが、菅首相が班目(まだらめ)委員長らと7時11分にヘリコプターで到着し、8時4分に原発を後にしたパフォーマンスについては、わずか9行でお茶を濁す始末。「100年後の評価に耐えられるものにする」(畑村洋太郎委員長)とはおこがましい限りだ。1月16日に「国政調査権」をバックに国会の事故調査委員会が動き出す。「官邸5階」を喚問せよ!

   

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