「新BS」10月開始前の蹴り合い

12チャンネルが始まるのに思惑錯綜。1年無料のFOXと、ケーブルを食うスカパーの魂胆は。

2011年10月号 BUSINESS

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スカパーJSATの高田真治代表取締役執行役員社長

知ってますか。地上波デジタル放送(地デジ)移行から2カ月余の10月1日、BS(衛星放送)で新しい有料放送サービスが始まることを。

BSアナログ3チャンネル(NHK BS1およびプレミアム、アナログWOWOW)が終了、空いた帯域が有料放送事業者に開放されたことで実現する「新BS」。視聴世帯数1100万近辺で伸び悩みが続く多チャンネル放送事業者はもちろん、チャンネル事業者としても参加するスカパーJSATも「加入者を一気に伸ばす最後のチャンス」(同社幹部)と期待をこめる。

ところが、放送開始まで1カ月を切っても「新BSって何?」という一般視聴者がほとんど。その盛り上がりのなさは「かつてのBS民放開局やBS11、BS12開局時などとは比較にならないレベル」(衛星放送関係の専門誌編集長)と指摘されるほどなのだ。

今回開局するのは「BSスカパー!」「FOX BS238」「BSアニマックス」「J SPORTS1.2」など12チャンネルである。このうち「放送大学」(テレビ・ラジオ各1)は完全無料放送。残る10チャンネルのうち4チャンネルは、既存のWOWOW、スター・チャンネルの拡張となる。

完全新規は2局だけ

残る6チャンネル(5事業者)が有料BS新規参入組だが、「BSアニマックス」「J SPORTS1.2」「GREEN CHANNEL」の4チャンネルは、CS(通信衛星)放送と全く同じ放送内容となる。つまり完全新規となるのは、CS多チャンネル放送をPRする目的の強い「BSスカパー!」、CSでチャンネルを持ちながらBS独自路線を明言する「FOX BS238」の2チャンネルだけなのだ。

来年3月にはさらに7チャンネルが加わるが、ここでも完全新規と見込まれるのは、エンタメ系でありながら無料広告放送を予定する「D─Life」(運営元はディズニー・チャンネル)くらい。基本的にはいずれもCSとのサイマル放送だ。つまり、低空飛行を続ける多チャンネル業界を熱心に支える既存ユーザーにとっては、ほとんど目新しさのない取り組みだといえる。

地デジ完全移行に伴う3波共用受信機(地上波・BS・CS110)の普及は、BSデジタル放送にとってとてつもない追い風だった。現在では全世帯の50%近い2200万世帯程度がBS放送を受信できる環境にあるという(スカパーJSAT調べ)。

が、同じように対応端末が普及したはずのCS110度(e2 byスカパー!)の受信可能世帯数は約900万世帯にとどまる。この差を生んだのはBS・CS110度共用アンテナの普及が思うほど進まなかったため。加入者となると、6分の1の150万世帯まで減少するから、CSに「地デジ特需」があったとは言い難い。

今回の「新BS」は、そのアンテナ性能の壁がなくなるという意味で多チャンネル放送事業者には大きなメリット。単純計算で約1300万世帯の潜在加入者が増え、無料系BSの視聴者が「チャンネルを変える際、ふと目にとまる位置に来られたことは意味がある」(新BSに参加する放送事業者)と、ザッピングや電子番組ガイド(EPG)から加入者が転がり込んでくる偶然に期待する声も少なくない。

さて、肝心の事前PRは「サービス開始の10日前ごろ、NHKやBS民放、Dpa(デジタル放送推進協会)とともに大々的な会見を行う予定」(スカパーJSAT)と、不思議なほどのんびりムード。一方、独自の動きで注目を集めるのが、あのメディア王マードック系の「FOX BS238」だ。

従来のCS「FOXチャンネル」とは異なる内容を編成することに加え、当初1年間は完全無料放送とすると発表。「まずは視聴者に見てもらい、コンテンツに慣れ親しんでもらうことが必要と考えた」(FOX BS238のマーケティング担当者)と説明するが、有料放送を始めるにあたって当初1年間、まったく加入者を囲い込まないというのは異例中の異例だ。

しかも1年後の有料放送開始時にも「スカパーとは関係なく、独自に加入契約を行うことを検討中」という。今回サービスを開始する新BSチャンネルのほとんどは「e2 by スカパー!」加入を前提としており、視聴するためにはスカパーとの契約が必要だが、FOXは「プラットフォームに頼らない運用」に踏み切るというのである。

皮肉にも現状、もっともPR活動が期待されているのがこの「非スカパー」組。同じく独自の契約体系を持つWOWOWも、早い段階から地上波テレビスポットを含めたPRを展開している。また“反逆者”FOXについては「(無料放送のおかげで)ザッピングで自チャンネルにあわせてもらえる可能性も高まった」(新BS放送事業者)など、スカパーJSATによるPR以上の効果を見込んでいる局もあるようだ。

蚊帳の外に置かれているのが、これまでBS放送事業者と運命共同体だったケーブルテレビ事業者である。「新BS」といってもほとんどがCSと同一内容であることが大きな要因だが、それどころか「契約者を失う恐れもある」(都内のケーブル事業者)と危機感を募らせている。

そもそも、多チャンネル放送契約の約1100万世帯のうち7割以上はケーブルを介した契約。スカパーと契約を結ぶ直接受信ユーザーは「e2」を含め300万世帯程度に過ぎない。この契約者割合を新BS開始で一気に塗り替えるのが、スカパーの真の狙いではないかと危惧するのだ。

増やせ直接受信ユーザー

ケーブルの再送信サービスはBS配信事業者を介して行われることが多いが、直接スカパーを受信して再送信を行うためにはスカパー側に「鍵開け料」を支払う必要がある。これだと当初1年間無料の「BSスカパー!」がケーブル経由では有料という事態になりかねないため、ケーブルでの「BSスカパー!」再送信は見送らざるを得ない。しかし、強力なコンテンツで無料放送なら、ケーブル経由の視聴者の興味を惹く。ここで「ケーブルテレビで視聴できないなら直接アンテナを設置する」という選択肢が生まれると、ケーブルは契約者をスカパーに奪われるわけだ。

「これこそがスカパーの真の狙い」(ケーブルテレビ事業者)の声を裏づけるかのように、スカパーJSATでは「アンテナ取付キャンペーン」(仮)を用意。アンテナ購入以上に面倒な取り付け工事(通常は1万~2万円程度必要)を無料で提供するという。

スカパーJSAT自身はこうした狙いを否定するが「カスタマー対応や著作権保護の面からケーブル再送信に難癖をつけてきている」(ケーブル事業者)とか。さまざまな思惑が複雑に絡んだ「新BS」。多チャンネル放送業界が一枚岩とは到底言えない現状で、目移りしやすい視聴者に受け入れられるのか。

   

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