久保利 英明 氏
弁護士[日比谷パーク法律事務所代表]
2011年10月号
POLITICS [インタビュー]
インタビュアー 磯山友幸 阿部重夫
1944年埼玉県生まれ。68年東京大学法学部卒業。71年弁護士登録。01年に第二東京弁護士会会長、日弁連副会長、11年東京証券取引所社外取締役(現任)。コンプライアンスなどの権威で、一票の格差是正運動にも参加。著書に『想定外シナリオと危機管理 東電会見の失敗と教訓』など。
写真/大槻純一
――企業弁護士の第一人者が、福島原発事故で強制避難させられた住民や甚大な被害を受けた農家などの代理人になって、東京電力に損害賠償を求める先頭に立ちました。
久保利 正直、集団訴訟の規模は予測がつきません。いま僕がJA(農協)の代理人として請求しているのは総額600億円ですが、九牛の一毛です。4月段階で締めたのもあり、土壌汚染やコメは全然入っていない。現在は11県。セシウム汚染の稲ワラにしても三重や島根などまで波及している。8月に立ちあがった農協もあり、あと7、8県は加わって、すぐ数千億円に達する見込みです。
農業関係だけなら1兆円規模でしょうが、30キロ圏内とか20キロ圏内の土地をどうするのか。買い上げるしかないと思いますが、対価はいくらになるのか。農畜産物を生産してずっと使えたはずの土地ですから、何十年、何百年単位で賠償費がかさみ、単なる地価で買い上げるのとは話が違ってくる。
――請求書を突きつける相手は東電ですが、とても払えない。面倒を見るのは国です。
久保利 東電が基本的に債務超過なのは明らか。破産か会社更生で法的整理をせざるをえない。ところが、それをしないで東電を生かしておく理由が不鮮明です。賠償支援法で国のカネは東電にどんどんつぎこまれ、東電が食い残した滓が被害者に行く。東電はリストラせずに数千人を賠償査定に投入する。それなら、被害者には国が直接支払ってちょうだい、と言いたい。
――7月に「公正な社会を考える民間フォーラム」を結成して、現行の賠償スキームでは不公正だと訴えましたが。
久保利 原子力損害賠償法(原賠法)には国家賠償法(国賠)は適用されないとあります。検事総長OBに言われました。「憲法(17条)には、公務員の不正行為により損害を受けた場合には、法律に基づいて賠償を請求できると書いてあるが、法律に基づいて請求できないとは書いてない。原賠法は憲法を否定した違憲の立法ではないか」と。原賠法さえなければ国賠で勝てるんです。でも、違憲訴訟だと最高裁まで10年かかる。いま生きている農民たちが耐えられますか。
――それでとりあえず東電を被告に?
久保利 国賠ができないなら東電がいてくれたほうがいい。支援法や支援機構ができ、運営委員会も動くのであれば、依頼者のためにやりようがある。ただ、東電を法的整理すべしというのは、賠償面からだけではないんです。東電が事故を起こしたのは、ガバナンス(企業統治)がなってないから。危険な原子力を扱う企業はガバナンスもコンプライアンス(法令順守)も日本一でなければならないが、いまの東電では組織を解体して役員を総とっかえするしかない。会社更生は柔軟で、電力供給を続けながら送電線や発電所など資産を売却でき、発送電分離もできる。支援法による延命より圧倒的に優れています。
――法的整理で東電債をデフォルト(債務不履行)にすれば、社債市場が崩壊するので金融の連鎖リスクを招くと言われますが。
久保利 定期預金金利が限りなくゼロに近いなかで、東電株は実質配当利回りが3%。そんな株が安全なわけがない。資産の最後の砦にするなんてバカです。まず株主が責任を取るのは当然。株価が80%を超す大幅安の今は「もう十分泣いてる。残る10%や15%はどうでもええわい」という心境でしょう。
債権はどうなるか。5兆円+震災後の緊急融資2兆円と言われますが、銀行などの社債権者のために、東電を生かしてカネをじゃぶじゃぶ入れるのは合理性がない。東電債には担保があるという見方と、総財産担保だから優先的担保債権を全部払った残りしか回収できないという見方に分かれますが、発電所や送電線を売っていけば、国民総負担を大きく減らせます。国自身が壊れそうなときに東電の信用がどうこうなんて本末転倒。社債を満額保証しなければならないという論理は通りません。下河辺委員会が遊休資産を売ろうとしていますが、それくらいでは足りない。人をつけて設備を売って会社分割すればいい。
――東電は生き残るに値しないと? 6月の株主総会にはあきれたそうですね。
久保利 これまで全くお付き合いがなかったので、もう少しちゃんとした会社かと思っていたが、ガバナンスもコンプライアンスもメディア対応も劣悪です。「想定外」と平気で言い続けて、結局は単なる怠慢だったということが分かったんですから。総会も(総会屋を封じ込めて不毛な総会を避けるため)これまで僕がせっかく工夫してきた久保利方式(一括上程・一括審議・個別採決)を採用していない。NTTやソニー、中部電力など大会社は採用しているのに……。1万人近く株主が集まる総会で個別上程なんて、議論が混乱するだけですよ。あんな低レベルのシナリオとは思っていなかった。これが日本を代表する企業かと、その落差に愕然としました。
――そもそも株主とのコミュニケーションの場と考えていないから?
久保利 ええ、これまでは反原発派株主の敵役がいて、それを叩き伏せて問答無用で採決する「逆シャンシャン総会」だったんでしょう。反原発派だってどうせ会社がまともに答弁しないから言いっぱなし。議論がまったくかみ合わない。僕は月一度、東電に賠償請求の請求書を持っていくんですが、いつも応対は西澤俊夫社長と広瀬直己常務だけ。顧問弁護士が出てきたためしがない。リーガル対リーガルという企業法務がないんでしょうかね。これはすごい会社だと思いました。
――新聞などのマスコミも、東電を法的整理しないことを批判しません。
久保利 なんで東電を助けなければならないのか。助けたって電力は不足するし、助けなくたって不足する。供給能力次第です。地域独占で宣伝活動が不要な東電に、総会屋対策費と同じように広告費をばらまかれてきたんでしょう。メディアの信用は失墜しました。私もつくづくだめだなと思ったね(笑)。
――支援法には無理があるから、東電を改めて破綻処理させてもいいと言う人もいます。
久保利 いや、できっこない。破綻処理するには、債務超過と資金繰り困難という二つの理由しかありません。しかし債務超過にしないために国がカネをつぎこむことにしたんだから、破綻させるのは無理です。東電は国の寄付を受けて焼け太りするだけ。国民は結局、ばか高い電力費用を払わなければいけない。資本主義の国なら会社更生法がまっとうなのに、それを跨いでしまったため、日本を守ったつもりで復興のいいチャンスを失った。