アルゼンチンへ消えた名奏者の復活

クリスティーヌ・ワレフスカ『ワレフスカ名演集』

2011年2月号 連載 [MUSIC Review]
by 堅

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クリスティーヌ・ワレフスカ『ワレフスカ名演集』

クリスティーヌ・ワレフスカ『ワレフスカ名演集』

演奏:クリスティーヌ・ワレフスカ(チェロ)ほか/発売:タワーレコード

今から30年以上前、サン=サーンスがチェロと管弦楽のために作曲した「アレグロ・アパッショナート」(1875年)の演奏に、FMで遭遇。激しい情熱をこめ、心の底から歌い上げる名演に、いっぺんで独奏者の名前を覚えた。

ロサンゼルス生まれのクリスティーヌ・ワレフスカ。同世代の英国人ジャクリーヌ・デュ・プレ(1987年に病死)とともに当時、世界屈指の女性チェロ奏者として名声の頂点にあった。

今はユニバーサル系列に吸収され、「デッカ」に統合された欧州の名門レーベル「フィリップス」でLP6枚分の協奏曲を録音。その中に、サン=サーンスも収められていた。74年に一度来日したが、その後、新聞輸入業を営むスウェーデン系アルゼンチン人の富豪と結婚してアルゼンチンに定住。フィリップスの名プロデューサーの引退を機に音楽ビジネスの現状への疑問も強め、日本人の視界から消えた。

昨年5~6月。ワレフスカは36年ぶりの日本公演を成功させた。アマチュアのチェロ奏者で歯科医の渡辺一騎(東京都在住)がサンタバーバラで偶然ワレフスカのリサイタルをみつけ、衰えないどころか、円熟とともに情熱の度合いを増した演奏に驚き、楽屋に飛び込んだ。後にニューヨーク五番街の自宅も訪れたりしながら親交を深め、アマチュア奏者のネットワークも駆使して実行委員会を立ち上げて自ら委員長に就き、来日を実現させた。

ワレフスカは米国でピアティゴルスキー、パリでマレシャルと、20世紀半ばを代表するチェロの大家2人に師事したが、実はもう一人、8歳で出会ったイタリア系アルゼンチン人エニオ・ボロニーニの影響を大きく受けている。

巨匠の指揮者トスカニーニが名付け親だったというボロニーニは、チェロの名手というだけでなく、ギターをセゴビアに師事、ボクシングで優勝し、空軍機も操縦する巨人だった。チェロでフラメンコ・ギターの興奮を再現するなど、超絶技巧の自作曲を数多く遺し、6曲をワレフスカに献呈した。

ボロニーニの死後、門外不出だった自筆譜を相続したのもワレフスカだ。大きく流れをつくり、熱く歌い上げる演奏様式もまたボロニーニから受け継いだものだが、小品を録音する機会はまだ訪れていない。

日本公演の成功に気をよくしたワレフスカは、再度のツアーはもちろん、日本での教育活動やCD録音にも意欲をみせ始めた。まずタワーレコードがフィリップスの全録音をCD5枚に編集し、昨年末に4200円の格安ボックスとして日本国内限定で再発売した。

ワレフスカの自宅を訪ねると「最低でも100セット、うまい個人輸入の方法が見つかれば500セットでも買うわ」と大喜び。91歳になった夫君も、うれしそうに頷いた。

日本でも共演したニューヨーク在住のピアニスト、福原彰美やチャイコフスキー国際コンクールに優勝したバイオリンの神尾真由子ら、目をかけてきた若手奏者とも今後は積極的に共演し、「技ではなく心を懸命に奏でてきた」時代の演奏スタイルを伝えたいと考えているそうだ。

   

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