中国で日産に売り負けるトヨタ

世界最大の市場でまさかの出遅れ。商品戦略も販売も元気がない。「大企業病」ではないか。

2010年1月号 BUSINESS

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11月23日、報道陣に公開された中国の広州モーターショー。約1カ月前に開幕した東京モーターショーの約3倍もある展示会場、世界各国から集まった出展社数も約670社と6倍を数えた。2009年に中国が米国を追い抜き、世界最大の自動車市場に飛躍することが確実なだけに、その華やかさは東京モーターショーと比べものにならなかった。

中国人記者用の資料の中には日本メーカーも含めて各社が競って「ご祝儀」を忍ばせていた。白い封筒の中には200~800元が入れられており、彼らはモーターショー期間中に月給の約半分、3千元(約4万円)近くを荒稼ぎするという。モーターショー会場への入場管理は厳しく、事前登録がないと入れない。門外では記者証の売買も行われていた。

地方販売網で日産に軍配

広州モーターショーでは、トヨタ自動車は最大級のスペースを確保したが、アピール度はいま一つ。価格が3千万円もする最高級スポーツカー「レクサスLFA」や、世界初公開となるレクサスの高級大型SUV「GX460」を目玉にしたが、来場者の食いつきは弱かった。それもそのはず、広州モーターショーは、北京や上海でのモーターショーと違い、新車やコンセプトカーをアピールするよりも、実際の商売に近い感じがあり、各社は車に値引き価格を提示するなどしていた。トヨタの目玉の超高級車は中国大衆とは無縁のものだった。

むしろ、スペースは狭いが、レクサス対抗の高級ブランド「インフィニティ」の横断幕を会場の至るところに掲げていた日産自動車のほうが目立っていた。日産のブースは中国で爆発的に売れているミニバン「リヴィナジェニス」や小型車「ティーダ」を軸に、ビジネスを意識した展示になっていた。

参加した日本のモータージャーナリストの多くは日産の展示に軍配を上げ、「トヨタのブースの奥では説明員が居眠りをしていた。中国で売る気があるのか。激戦地の中国でも『大企業病』が進んでいるようだ」と酷評する。

実際、販売データを見ても、中国市場でトヨタは日産の猛追を受け、商品戦略も販売も勢いがない。大スポンサーに気を遣ってか、日本のマスコミは報じないが、トヨタは中国市場で出遅れ始めている。「トヨタ本社は、中国では後発のウチに追い上げられて、現地でネジを巻いているようです」と日産関係者は言う。

中国における09年1~10月の新車販売は、前年同期比38%増の約1090万台。通年では40%増の1350万~1400万台に達すると予想される。中国でのトヨタの1~11月の販売台数は前年同期比22%増の62.3万台。これに対して、日産は39%増の68.3万台。トヨタは日産に売り負けているのだ。トヨタは「日産のデータには合弁相手の東風汽車分が入っているので、単独ブランドでは負けていない」と抗弁するが、そもそもトヨタの販売台数の伸び率は市場全体よりかなり低調である。

生産状況を見ても、トヨタの中国での1~10月の生産台数は前年比1%減だ。これに対して、東風汽車との合弁工場である日産の広州花都工場は生産が追いつかず、一日の勤務時間を10.5時間に延長。勤務体制も「4勤3休」の3班2交替制に変更して、年間の生産能力を36万台から43万台に引き上げた。04年の東風日産の工場出荷台数がわずか6万台程度だったことから見ても、日産の躍進ぶりがわかる。

また、トヨタが沿海部中心に販売網を構築してきたのに対し、日産は省都などの「2級都市」や、開発が遅れている内陸の「3級都市」に販売店を展開してきたことも奏功した。実際、日産の販売店網の7割近くが地方にある。こうした地方では世界同時不況の影響が少なかったことや、急速なモータリゼーションの高まりが大きな商機につながった。

中国でのトヨタの躓きは商品戦略の失敗も影響している。中国の自動車産業に詳しい調査会社フォーイン(本社・名古屋市)で「中国自動車調査月報」の編集長を務める周政毅氏はこう分析する。「中国では09年から1600㏄以下の小型車の消費税が10%から5%に下がりました。小型車の品揃えが最も豊富なのが日産でした。一方、トヨタの量販車『カローラ』の上級車は1800㏄だけだったので、慌てて10月に1600㏄のモデルを追加投入しましたが、間に合いませんでした」。トヨタが広州工場で生産を始めた「ヤリス(日本名ヴィッツ)」の販売が伸び悩んだことも誤算だった。周氏は「中国の国産小型車は値段が非常に安い。ヤリスはサイズの割に高いので、その素晴らしさをうまく伝えないと売れない」と説明する。中国では安くて大きめのクルマが人気だが、トヨタは売れ筋が手薄なのだ。

一例を挙げれば、ボルボの買収に乗り出している中国民族資本の吉利汽車の「熊猫」(排気量1リットルの小型車)の価格は3万9800元。これに対しヤリス(排気量は1.3リットルと1.6リットル)は10万~14万元もする。いくら高性能でも値段が2.5~3.5倍では苦しい。中国ではトヨタ車のコピー車が目立っており、安いコピー車に食われている面もある。

豊田社長が巨大組織に「鞭」

トヨタ本社も売り負けに危機感を募らせ、日産追撃の狼煙を上げた。日産の売れ筋「ティーダ」と外観がそっくりの「カローラヴァーソ」を中国に投入する計画だ。ヴァーソは欧州市場専用モデルとしてトルコ工場などで製造されている車種だ。

トヨタの豊田章男社長は常務時代に中国事業を担当していただけに、中国市場の重みを十分に理解している。トヨタは11月1日付で総合企画部が中心となり、「構造改革推進室」を新設した。社長直属の極秘のプロジェクトであるため、新組織の発足は公表されていない。グローバルな人員再配置などを検討する組織であるため、担当役員には人事部門を束ねる小澤哲専務が就任した。具体的には国内の営業部門の人員を30%削減し、その分を中国やインドなどの新興国に振り向ける方針のようだ。豊田社長は「大企業病」で緊張感を失った巨大組織に「鞭」を入れる気らしい。

このほか数百億円を投じて、中国本土に日本の自動車メーカーとしては初の研究開発拠点を創設するため、中国政府と交渉している模様。これまでの米国市場中心の新車開発体制から、新興国の市場特性に応じた開発体制へと切り替えていく狙いだ。

トヨタは遮二無二、中国市場での反転攻勢に動き出した。広州モーターショーの隣では、日本貿易振興機構主催の「逆見本市」が開かれていたが、部品メーカーの幹部らはむしろこちらに注目していた。トヨタが初めて出展したからだ。

「逆見本市」とは、日本企業が中国に商品を売り込むのではなく、中国のローカルメーカーから商品を購入したり、取引の提案を受けたりする展示会のことだ。トヨタのブースには大きな文字で「部品を国産化したく、御社で生産可能な品目をご提案ください」と書かれていた。

トヨタが現地生産品として求めていたのは、耐熱・耐油のビニールテープやボルト、簡単な樹脂部品など100点以上。日本ではローテク部品に入るが、日本から輸入していたらコスト高で競争力がつかないと判断したようだ。すでに日産はローカルメーカーとの取引を強化し、中国産部品の採用を増やしているが、トヨタは品質などを理由に取引を抑えていた。「トヨタの大きな方針転換」と話題を呼んでいた。

   

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