「宗男」の対ロ北方領土交渉に死角

佐藤優との「傷ものコンビ」復活。「2島+α」をカネや面積でしか見ないと、足元を見られる。

2009年11月号 GLOBAL

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「鳩山由紀夫総理からは、北方領土問題を動かしたいので協力してほしいと言われています」

9月23日付の産経新聞インタビューでそう明言したのは、与党会派入りして衆院外務委員長に就任した新党大地代表の衆議院議員、鈴木宗男である。かつては「外務省のラスプーチン」佐藤優元主任分析官とコンビを組み、橋本・小渕・森政権で対ロシア領土交渉に深く関わってきた。

とりわけ国後・択捉・歯舞・色丹の4島に対する日本の潜在的主権が確認されれば、施政権の返還時期については柔軟に対応するという「川奈提案」(1998年の橋本龍太郎・エリツィン会談)が空振りに終わったあと、「4島一括返還」から「2島先行返還」へと転換するうえで主導的な役割を果たしたのが、東郷和彦欧亜局長(当時)と彼らだった。

この流れは01年3月、当時の森喜朗首相とウラジーミル・プーチン大統領によるイルクーツク声明という公式文書によって、日本への歯舞・色丹の返還を明記した56年の日ソ共同宣言の有効性を確認したことで最高潮に達したが、その1カ月後に誕生した小泉政権の外相、田中真紀子との対立を機に浮上した疑惑で、鈴木・佐藤とも刑事被告人となり、対ロ外交の表舞台から去った。

3島返還論と五十歩百歩

その鈴木・佐藤コンビが、鳩山・民主党政権の誕生とともに、ロシアとの領土交渉の最前線に復帰しようとしている。ただ、鈴木は1審に続き08年2月の控訴審でも有罪判決を受け、最高裁に上告中の身。来年にも有罪が確定すれば議員の職を失う。佐藤はすでに最高裁が上告を棄却、外交官を失職しているだけに「傷ものコンビ」の再登場である。

とはいえ鳩山首相自身も、前述の日ソ共同宣言を締結し、第二次大戦後途絶えていたソ連との国交正常化を実現した故鳩山一郎首相の孫。そんな首相と鈴木・佐藤コンビの接近は必然だったといえるだろう。

両人の対ロ領土返還交渉をめぐる基本アプローチ「2島先行返還」については彼ら自身の著作でたびたび言及されているが、要はこうである。

①中間条約(例えば第2日ロ共同宣言)を締結して歯舞・色丹の2島返還を実現する。

②その後、残る国後・択捉の帰属に関する交渉を継続し、最終的に4島返還を担保したうえで平和条約を締結する。

この段階的アプローチこそが、最終的な「4島返還」の実現に向け、最も現実的であるというのだ。

一方、前政権下で麻生太郎首相や谷内正太郎政府代表(9月11日辞任)がめざした「3島返還」や「面積折半」は「バナナの叩き売りじゃないんだから」と激しく非難した。「4島返還」という原理原則は決して譲るべきではないというのである。

だが、「2島先行返還・2島継続協議」を採用したところで、最終的に「4島返還」が実現する可能性は限りなくゼロに近い。日本は「2島返還→中間条約締結」の段階で、最大限の経済的・技術的見返りの供与を求められることは火を見るよりも明らかだ。ロシアにとっては、それさえ得られれば、平和条約であろうが、中間条約であろうが、本質的な違いはない。逆に日本はこの段階で次の2島返還交渉に向けたレバレッジ(梃子)を失うことになる。とすれば、日本は「4島返還」の旗は降ろしていないとの主張はできても、現実的にはせいぜい国後・択捉の共同開発などに持ち込むのが精いっぱいであろう。

だからこそ、谷内前政府代表は、段階的アプローチをとらずに、「4島返還」という原理原則を敢えて踏み外してでも「3島返還」や「面積折半」といった形で、一挙に領土問題を全面解決に持ち込む可能性を探ったのではないか。

ともに「2島+α」の可能性しかないという意味で、鈴木・佐藤コンビと麻生・谷内コンビのアプローチに本質的な違いはない。とはいえ、結果的に麻生・谷内コンビの対ロ領土返還交渉が失敗に終わったのは厳然とした事実。とすれば、「2島+α」のバリエーションの一つとして「2島先行返還・2島継続協議」を軸に、対ロ交渉を再開する可能性を一概に否定すべきではないだろう。

ただ、「+α」を4島の面積やカネに換算する発想からは、打開の糸口など見つかるまい。21世紀の日本の国際戦略全体のなかでロシアをどう位置づけ、どの分野でロシアと協力関係を構築していくか――というグランドデザインが大前提となるはずだ。

実は、温暖化ガスの排出量を20年までに25%削減する(90年比)国際公約を掲げる鳩山民主党政権にとって、ロシアとの戦略的関係の構築が不可欠な分野がある。

ずばり原子力だ。

鳩山政権では直嶋正行経産相、小沢鋭仁環境相ともに、二酸化炭素(CO2)排出量削減の観点から、原子力発電所建設を積極的に推進する立場を明確にしている。日本の原子力政策にとって、ウラン濃縮を含む核燃料サイクル分野で強みを持つロシアとの協力関係は重要なのだ。

今年5月、プーチン首相が訪日し、日ロ原子力協定が締結された。経済産業省はここ数年のウラン獲得外交の結果、中央アジアのカザフスタンに国内需要量の30~40%を賄う天然ウラン権益の獲得に成功した。ウラン濃縮は、カザフスタンと政治的にも経済的にも近く、世界最大の濃縮能力を有するロシアに委託するシナリオを描いている。

原子力協力こそ「+α」

日本のマスメディアでは全くというほど注目されなかったが、現にこの9月11~13日、資源エネルギー庁原子力政策課の三又裕生課長を筆頭に、日本のエネルギー関連業界の代表ら視察団が、東シベリアのアンガルスクにあるウラン濃縮工場を訪問した。日本最大の電力事業者の東電や、原子炉メーカーのウエスチングハウスを傘下に置いた東芝も参加している。東芝は今年5月、ロシアの核燃料会社テネックスと核燃料ビジネスの提携について了解の覚書に調印したが、東電も合流する可能性が浮上してきたといえよう。

この日ロ間の原子力協力こそ、北方領土交渉の「+α」となりうる。日ロ協力の具体化には、締結した原子力協定の国会承認が不可欠だが、この協定と表裏一体といえる米ロ原子力協定にも薄日が差してきた。昨年8月に勃発したグルジア紛争の余波で米議会での承認が凍結状態だったが、オバマ政権がイラン核開発問題でロシアを取り込むためミサイル防衛(MD)の東欧配備を撤回した(68~70ページ参照)。これで米ロ原子力協力が一歩進む可能性が出てきたのだが、ワシントンの動きはまだこれからだ。

米ロが動けば、鳩山政権の対ロ領土交渉にも風穴があく。だが、かつてと同じく鈴木・佐藤コンビと、岡田克也外相ら外務省ルートで二重外交の恐れはないのか。議員失職まで時間が限られた「傷ものコンビ」に任せておくと、功に逸って足元を見られる恐れもある。環境・エネルギーや核拡散などグローバルな課題と絡む原子力協力を「+α」とする発想が、鳩山政権に見えてこないのが気がかりだ。(敬称略)

   

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