金王朝「正雲」継承へ最後の賭け

余命を悟ったか、喫煙を再開した金正日。核実験もミサイルも、米朝一括妥結が狙いでは。

2009年7月号 GLOBAL

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また北朝鮮が国際社会を揺さぶっている。4月5日のミサイル発射に続き、5月25日には地下核実験を強行した。2006年10月以来、約2年半ぶり2回目の実験となった。

今回の核実験は、誰も予測できていなかった。情報機関も報道機関も研究者も「寝耳に水」だったのだ。北朝鮮は4月末からその可能性を示唆し、着々と準備している様子は見て取れたが、実行に移すとしても、もう少し先だろうと考えられてきた。核実験カードをちらつかせながら、焦らしに焦らして強行するのが北朝鮮の常套手段だからだ。国際社会に注目してくれ、といわんばかりに出し続けるカード。当然、その裏には米国と直交渉したいとの思惑が働いている。しかしそれだけでは説明できないほど、無謀な動きを続けているのが、今の金正日(キムジヨンイル)体制なのだ。

北朝鮮の将来を占ううえで最も重要な要素として、金総書記の健康問題があることは間違いない。独裁国家である以上、独裁者の寿命がどこまで続くかはきわめて重要である。金総書記が昨年8月中旬に脳卒中で倒れて以来、その健康状態については「自分で歯を磨けるまで回復した」「一人では歩けない」などといった未確認情報が飛び交ったが、なかなか核心には近づけず、誤情報も相当に含まれていた。

長男・金正男は亡命か

一方、昨秋以降小出しにされてきた金総書記の静止画は、分析の結果「左半身がマヒしているようだ」「左手がむくんでいる」と見られてきたが、こちらはおおかた事実に近かったようだ。4月9日に開催された北朝鮮の国会、最高人民会議で金総書記が久々に姿を現したが、その動画では二つの点が注目された。一つは拍手している姿がぎごちなく、左手が胸より上にあがらないようだったこと。もう一つは入場シーンで左足が地に着いた途端、少しヒザが崩れるという場面があったことだ。後者は朝鮮中央テレビが再放送の際、そのわずか一秒ほどの場面をカットして放映したため、かえって国際社会の注目を集めてしまったのである。

金総書記の健康不安は、北朝鮮の今後について真剣に考えざるを得なくなった一つの契機にはなったが、我々以上にその深刻さを実感したのは金総書記自身と側近連中だったろう。金総書記に権力が集中しすぎているため、早期に後継者を擁立しておかなければ、無用な混乱を引き起こすことは目に見えている。

側近たちも自らの既得権を守りきるためには、金総書記の判断さえ下されれば、早急に後継者を“祀(まつ)りあげる”作業に入ることになる。

そのようななかで6月初旬、後継者問題に再び火がついた。韓国メディアが3代目は三男の金正雲(キムジヨンウン)氏に決定したと一斉に報じたのだ。韓国の情報機関、国家情報院(元KCIA)が1日、「北朝鮮当局が正雲氏後継者決定の事実を盛り込んだ外交電文を海外公館に伝達した」と一部の国会議員に報告したというのだ。

「確度80%の情報」というのが大方の見方である。相当に確度は上がってきているのだろうが、まだ決定的とまではいえない。たとえば「北朝鮮当局が……海外公館に伝達した」という主述関係もおかしいのではないか。主語は「国防委員会が」「北朝鮮外務省が」などと具体的には伝わってきていないのだ。

01年に東京ディズニーランド観光に訪れたところを成田空港で拘束され、一躍脚光を浴びた長男・金正男(キムジヨンナム)氏が「亡命する」との噂もまことしやかに出回っている。金総書記存命中は問題ないかもしれないが、後継者レースから脱落した長男の存在が将来の“お家騒動の火種”になりかねないことを考えれば、当然亡命も視野に入ってくる。

金総書記の腹違いの弟、金平一(キムピヨンイル)氏は早い時期に国外追放にあった。80年代初頭からユーゴ駐在武官、駐ハンガリー大使、駐ブルガリア大使、駐フィンランド大使を経て、10年ほど前から駐ポーランド大使を担っている。1994年に実父・金日成(キムイルソン)主席が死去した際にも帰国を許されなかった。

金正男氏が某国駐在大使の座に甘んじるか、第三国に亡命するか――後者の可能性が報じられた現在、彼の身には危険が迫っている可能性さえある。これから各国による彼の争奪戦が始まる。

金総書記の喫煙再開説も気がかりだ。2月に中国との国境都市である会寧(フエリヨン)市を視察した際、煙草工場を「現地指導」している。90年代末に禁煙した金総書記は、「煙草は控えたほうがよい」「煙草は心臓を狙う弾丸のようだ」などと発言したことが明らかになっており、近年「禁煙法」なる法律が導入されたことも公表された。その金総書記が煙草工場で煙草を手にしたことも注目されたが、4月14日に平壌中心部で行われた花火大会「祝砲夜会」を視察中の金総書記の前には灰皿が置かれていた。各国の情報機関はこの写真に一様に注目した。そこまでなら、何かの偶然だったかもしれないが、5月21日に報じられた空軍第814軍部隊を視察する金総書記の前にも、やはり灰皿があったのである。吸殻こそ映っていないものの、禁煙して10年経過し、健康不安の中にいる金総書記にわざわざ灰皿を差しだす輩もいるまい。それほどまでに健康が回復したのか、すでに余命を悟って自暴自棄になっているのか。

「現地指導」のマジック

「人工衛星」と主張しつづけた「テポドン2」とは異なり、今回は核実験を強行し、「核廃絶」を口にするバラク・オバマ米大統領の気を引くことには成功した。しかし、国連安保理の非難決議をはじめとし、国際社会を再び敵に回してしまったこともまた事実である。不正資金凍結解除、テロ支援国指定解除など、これまでのように徐々に譲歩を勝ち取るという外交手法はもはや不可能である。

残された道はただ一つ――米朝間の一括妥結である。短期間のうちに交渉をまとめあげ、米朝国交正常化を成就させる代わりに、国際社会の目が光る中で核を完全に放棄する。これしかない。金総書記が果たしてここまで計算しつくして瀬戸際政策に出たのか。単なる自暴自棄だとすれば、当分の間、北朝鮮は強硬姿勢を取り続け、これまで以上に内向きになってしまう。

しかし、金総書記はやはり国際社会の目を気にしているようだ。金総書記は、米国からの攻撃があると考えるや雲隠れする傾向がある。06年10月の核実験の際には、20日間動静報道がなかった。同年7月のミサイル連続発射の際には、40日もの空白期間があった。それに対して今回は旺盛な「現地指導」を続けている。が、その様子がどうも変なのだ。

核実験前後の「現地指導」の様子を地図で追ってみると、朝鮮半島の西海岸に行ったり東海岸に行ったかと思えば、北上して再び西海岸に戻るなど、前後で報道を入れ替えている可能性が濃厚なのだ。今年に入ってから、月10件程度の動静報道がなされ、これは昨年よりも数が多い。いかにも平常心を保っているかのようでいて、実は躍起になっている様子が見て取れる。

   

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