ネットブックが拓く「垂直統合」

台湾勢を先頭に格安の小型ノートパソコンが侵食。次はサービスとの統合で日本勢を脅かす。

2009年7月号 BUSINESS

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2008年初頭に登場し、話題を集めた低価格小型ノートパソコン「ネットブック」。当初はキワモノ扱いだったが、国内市場では台数ベースで5%、店頭市場ではノートパソコン販売数の約3割を占める。今や持ち歩き用の「ブック」(ノートパソコン)だけでなく、卓上用パソコンの「ネットトップ」も3万円を切る価格で登場している。さらにネットブックは「低価格パソコン」という範疇にとどまらず、個人向けパソコンそのものの存在に大きな見直しを迫る可能性まで出てきた。

ネットブックは、米インテルがコンセプトを示したノートパソコンのカテゴリーの一つだ。性能こそ市場で発売されている大半のパソコンより劣るが、その名のとおり、ネットに接続し、ブラウザー(閲覧ソフト)を通じてメールのやりとりやウェブの情報閲覧を行う分には不足がない端末として開発された。

ハードウエアの仕様は、基本ソフト(OS)がひと世代前の「ウィンドウズXP」、ディスプレーの表示解像度は最新機種の7割程度、パソコンの頭脳に当たる中央演算処理装置(CPU)の性能も貧弱で、メモリー容量も現行機種の半分の1G(ギガバイト)といった具合だ。

「1円」の値札も登場

その一方で、1キロ前後の軽さと、容易にカバンに入る大きさのノートパソコンが、5万円前後で入手できるという点が、ユーザーのニーズにはまり、ヒットとなった。ネットブック登場以前は、持ち歩き用途に適したノートパソコン(モバイルパソコン)は、安くても10万円以上するのが常識だったからだ。

ネットブック投入の口火を切ったのは日本市場の攻略が難航していた台湾勢。国内で初めて登場したネットブック、アスーステック・コンピューター(ASUS)の「EeePC」は、今ではネットブックの代名詞的な存在となっている。

さらに、EeePCの成功を見て米デルやヒューレット・パッカード(HP)、台湾エイサーなどが相次いで新製品を投入し、大きな流れをつくった。

もちろん、国内勢も指をくわえて見ていたわけではない。昨年秋にはNECと東芝がネットブックを発売。09年夏商戦向けの新製品では、東芝がこれまでネットブックを別ブランドで販売してきた方針を変え、ノートパソコンの主力ブランド「ダイナブック」をネットブックにも冠した。NECも夏商戦向けにはネットブックの製品ラインアップを4機種10モデルへと一気に拡充した。

さらに、静観の構えを崩さなかった富士通も「ノートパソコンはすべて国内生産」という旗印を下ろして、中国からの調達でようやくネットブック市場に参入した。ソニーもネットブックの中では高価格な部類に属するが「VAIO typeP」を投入済み。これで国内大手のEeePC対抗策は出揃ったわけだ。

が、時すでに遅し。秋葉原や新宿の大手家電量販店のパソコン売り場は様変わりしている。かつてはNECや富士通、東芝といった大手国内メーカーの主力製品が大半を占めていたスペースに、前出のEeePCをはじめとする台湾、米国勢のネットブックがずらりと並んでいる。しかも付けられている値札には誰もが目を剥く。安いものでは何と「1円」である。

そのカラクリは携帯電話でおなじみだ。単価の安いネットブックは、通信会社からのインセンティブを原資に、ハードウエアの価格を割り引くビジネスモデルが効果を上げた。通信料金や契約期間を考えるとユーザーの支出総額は本来割高になるが、初期投資が1円、100円で済む値付けは、やはりインパクトがあった。今やこの販売手法はすっかり根づいている。

しかし「ネットブックは国内メーカーにとっては両刃の剣」(国内大手メーカー担当者)。国内大手メーカーの金城湯池だったノートパソコン市場を、ネットブックは変質させつつある。

ネットブックは米インテルから示されているガイドラインに沿った仕様の範囲で設計されることから、メーカーごとの差が打ち出しにくく、最終的には生産台数を背景とした、肉を切らせて骨を断つような安売り競争に収束していく。

実際に大手メーカーの参入によって、ネットブック市場が大きな盛り上がりを見せた08年1月~09年1月の1年で、ノートパソコンの平均単価は28%(BCN調べ)も下落した。単価下落は台数でカバーしなくてはならないが、「価格で勝負しても、台湾勢には勝てない」(大手国内メーカーマーケティング担当)のが現状だ。

高速の従来のパソコンに比べて「サクサクいかない」歯がゆさも、CPUの性能アップでたちまち追いつくだろう。解像度など性能の優位もあっという間に消えてしまう。

台湾勢はネットブックで築いたブランドを礎に、ディスプレーの大きさが10.2型から12.1型のモバイルパソコン市場を切り崩しにかかっている。

虎視眈々「アンドロイド」

ネットブックの登場に端を発したパソコンの新カテゴリーの拡大は、市場の侵食にとどまらない。

4月にはHPが、米グーグルの開発した携帯電話向けOS「アンドロイド」を搭載したノートの開発を検討中、とウォールストリート・ジャーナルが報じた。6月に台湾で開催された「台北国際コンピュータ見本市」では、エイサーがアンドロイドを搭載した同社製ネットブックを展示し、今秋にもアンドロイド搭載パソコンを発売する計画を発表した。

アンドロイドは、グーグルが提供するメールや文書共有といった各種ネットサービスを筆頭に、ネットワーク上で提供されているサービスの利用(クラウド・コンピューティング)に最適化されている。

アンドロイド用に開発されたソフトウエアを集めた「アンドロイド・マーケット」もすでに稼働している。グーグルは自社開発のブラウザー「Chrome」を公開提供している。OSであるアンドロイドの提供はグーグルがさらに一歩、ユーザー環境に近い事業領域へ進出したことを意味するのだ。

この「垂直」方向へのアプローチはグーグルだけのものではない。米アップルの「アイフォーン」、米アマゾンの電子書籍ビューワー「キンドル」、そして、国内勢では任天堂のゲーム機「Wii」も同じ位置づけといえるだろう。

水平分業による低価格の実現から、垂直統合による使い勝手の改善へ――消費者向けIT(情報技術)機器に求められる開発体制は潮目が変わった。国内パソコンメーカーは、このパラダイムシフトへの準備はできているのだろうか。携帯電話に続きパソコンでも、水平から垂直への潮目を見誤って「恐竜化」する日が目前ではないのか。

   

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