新日鉄が腰抜かした 「アルセロール買収」

ジャン・イヴ・ラマン氏 氏
アルセロールミタル日本代表

2009年7月号 BUSINESS [インタビュー]
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ジャン・イヴ・ラマン氏

ジャン・イヴ・ラマン氏(Jean-Yves Lamant)

アルセロールミタル日本代表

1956年、フランスのサボワ県生まれ、エコール・サントラル・ド・パリ卒。冶金を専攻。国立鉄鋼研究所(IRSID)から82年に尼崎の住友金属中央研究所に出向し、日本人女性と結婚。フランスで新日鉄との共同研究などを続けた後、05年にアルセロール日本代表、この7月に帰国する。

――英豪資源大手のリオ・ティントが6月5日、中国アルミニウムから195億ドルの出資を受け入れる提携計画を白紙撤回し、同じ英豪系のBHPビリトンとオーストラリアで鉄鉱石部門を統合することになりました。川下の鉄鋼業界には衝撃的なニュースです。

ラマン 川上の鉄鉱石はリオとBHPとブラジルのヴァーレの3社合計でシェアが80%に達します。鉄鋼は上位10社を合わせても3割に届かない。要するに鉄鋼メーカーが多すぎて、鉄鉱石にバーゲニングパワーが働きません。世界の鉄鋼の年間生産量は1億3500万トン程度ですが、首位のアルセロールミタルでも1200万トンと1割に満たない。ラクシュミ・ミタル会長が言うように、鉄鋼は今後、もっと合併や統合が増えるでしょう。

――アルセロールミタルが先鞭をつけた?

ラマン このモデルのいいところは、原料の上流側で統合したことにあります。最近まで鉄鉱石は50%以上、石炭は20%を自力で確保し、昨年前半の資源価格高騰にも他社より強みを発揮できました。もっとも、現在は金融危機に端を発した世界的な不況で生産量が半減、高炉25基のうち14基の操業停止を余儀なくされていますが、じき再開します。

――日本の鉄鋼メーカーも、トヨタなど大口顧客の自動車が大幅減産に踏み切り、自動車用鋼板の需要が落ち込んで苦境です。

ラマン 私がアルセロールの日本代表として着任したころを思いだします。提携先の新日本製鉄に机があったのですが、首位ミタルによる2位アルセロールの買収話が浮上して、3位の新日鉄は怯えました。当時の三村明夫社長(現会長)ら幹部のところに20回も行って説明しましたが、日本人は感じやすいからエモーショナルになるのですね。でも、新日鉄が買収されるリスクは小さいと思えた。

株式持ち合いは過剰反応だった?

――日本勢同士で株式持ち合いを復活させた防衛策は、新日鉄の過剰反応だったと?

ラマン 新日鉄はローカルプレーヤーなんです。ブラジルのウジミナスと合弁会社を持っていますが、当時は出資比率も小さかった(現在は新日鉄と日本ウジミナスで29%)。メーン市場はアジアだし、主要顧客は日本の自動車や造船でしょう。でも、ミタルはグローバルプレーヤーをめざしていた。合併前のミタルの製品はほとんど米国向けで、あとはカザフスタンなど途上国。欧州に強い基盤がなかったから、アルセロールを狙ったのです。新日鉄とは戦略の方向が違うし、企業カルチャーも国の文化も違いすぎましたね。

――ラマンさん自身は80年にムンバイに駐在していますね。インド企業に買収されることに抵抗感はなかったのですか。

ラマン いえ、ショックというより、全然想像していませんでした(笑)。ミタルがそんなに早く買収に動くとは思っていなかった。しかしアルセロールの社員として冷静に考えると、二つのモデルがあった。アルセロールとミタルが一緒になるか、アルセロールと新日鉄が一緒になるか。前者は金融による買収、後者は技術の買収。合弁会社案もあった。

――ほう、「アルセロール新日鉄」はなぜ実現しなかったのでしょう?

ラマン ミタルに対抗して新日鉄と組むのであれば、アルセロール株の35%を買う巨額の資金が必要でした。アルセロールと新日鉄だけでなく、プラス2、3社が必要でしたね。ロシアのセルベスターリをはじめ世界中の鉄鋼メーカーにアプローチがあり、舞台裏はてんやわんやでした。問題はミタルの決断の速さ。ミタルの当初の狙いは買収してカネをつくることでしたが、攻防戦の5カ月の間に考え方が変わった。企業統治や研究開発、対顧客関係などの大切さを理解するようになった。そういう決断の速さが日本にはないのです。日本の経営者は、組織で積み上げさせて、最後に決めるのが好きでしょう?

――故稲山嘉寛会長が言った「鉄は国家なり」のプライドがありますから、国境を越えた合併や買収にはなかなか踏み切れない。

ラマン 三村さんは何度も言っていましたよ。友好的買収は考えられるが、敵対的買収はしない。日本が核兵器を持たないように、敵対的買収は新日鉄のポリシーではない、と。

――とはいえ、背に腹は代えられず、持ち分法適用会社にしたウジミナスを通じてブラジルに5千億~6千億円を投じ、大型製鉄所を建設する計画を立てていましたが、いかんせん、出遅れの感は否めない。

ラマン 宗岡正二社長も新日鉄をグローバルプレーヤーにしようとしています。でも、言うは易しですが、他国の文化と市場を今の新日鉄はどこまで理解できているでしょうか。新日鉄単体の正規社員1万5千人に対し、アルセロールミタルは32万人ですよ。新日鉄は外国人社員を何人雇っていますか。一つの家族というか、江戸時代の藩のようです。社員はお互いによく知っていて、ずっと同じ会社に勤めていて、出世も予めほとんど決まっています。競争にムダな時間を使わずに済む半面、物事が決まるスピードが遅い。英語ができるトップの経営者が少なすぎます。日本という小さな世界でお山の大将でいるならそれでいいが、グローバルプレーヤーにはなれません。

中国に数年で追い抜かれる

――技術的優位も追いつかれますか。

ラマン グローバルになれなければ、中国勢に追い越されるでしょう。世界トップ10に中国勢は現在4社。2~3年後にはそれが6社になる。新日鉄は数年以内に2位の座を明け渡し、技術も追い抜かれますね。

――それはアルセロールミタルも同じ?

ラマン もちろん、うかうかしていられません。ミタルはインド人なのにインドに製鉄所がない。遺産相続で長男ラクシュミはインド以外の部門を継承したからです。中国市場でも中国東方集団1社にしか出資していない。それと新日鉄と上海宝鋼集団公司の三角合弁で、自動車用亜鉛めっき鋼板の宝鋼新日鉄自動車鋼板有限公司があります。これからの鉄鋼メーカーはインドや中国という新しい市場を考えなければいけません。スタンドアローン(独立独歩)はもう無理です。

――ラマンさんは「DIKO」という和仏と仏和の豆辞典をつくっていますね。「脱スタンドアローン」の努力の一環ですか。

ラマン 20年前につくって、もう第7版になります。妻と私の夜なべ仕事で5年かかりました。ポケットサイズで主にフランス人向けですが、日本人にも便利ですよ。漢字の読み方もある。こういう辞書はそれまでなかったんです。日産自動車のカルロス・ゴーン社長が序文を書いてくれました。トータルで4万5千部。ミタルと違ってお金儲けにはなりませんが(笑)、人生は短いから、何か役立つものをつくらないと……。

   

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