河村名古屋市長「蛮勇」のとばっちり

2009年7月号 POLITICS [ポリティクス・インサイド]

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「庶民革命・脱官僚」を掲げて選挙に圧勝した河村たかし氏が名古屋市長に就任してからまもなく2カ月。公約の「市民税の10%減税」が、実現へ向けて動き始めた。実施されると、仮に住民税を毎月5万円払っている人なら、その6割が市町村分なので、月額3000円安くなる。

当初は副市長が「財源が明示できないため、6月議会への条例案提出は困難」と反対するなど、事務方・議会とも消極姿勢が目立った。だが、51万票という市民の支持をバックに強気の市長の前では、反対論もかすんでいる。

条例案は具体的な手段や財源の裏付けを盛り込まないまま提出。09年4月からの実施という時期だけが先行する。河村市長は「徹底した行財政改革により無駄遣いを根絶すれば財源など捻出できる」としているが、職員は給与カットを警戒する。

自治労には「人件費のカットは最後」と言いながら、「総人件費の1割カットはやる」とも。市長自ら年間給与を従来の3分の1の800万円に下げる方針で、公務員の厚遇批判が高まるなか、外堀は埋まりつつある。

ただ、ハードルは高い。減税で減る250億円の穴埋めという課題だけではない。公共事業に必要な地方債の起債ができなくなるリスクもある。税率を国が定めた基準(標準税率)より下げると、地方債発行が自由にできない「許可団体」に転落してしまうのだ。「減税できるほど財源に余裕があるなら、将来世代の負担となる地方債の発行は認めない」と国が判断する可能性は十分あり得る。

そもそも2000年の地方分権一括法施行前は、税率を標準税率より下げると地方債の発行はできなかった。今はそこまで杓子定規ではないが、国は本当に財源を確保できるのかどうかを見極めるはず。

金融市場で評価の高い地方債の信用を維持するため、起債充当率と呼ばれる「借金でまかなえる割合」に制限を設ける可能性もある。減税は借金の返済原資の減少を意味する。償還の確実性を維持するには、起債を減らす必要が出てくるかもしれない。

こうした事態を避けるための裏技もなくはない。市民税の税率を標準税率未満に下げたとみなされないよう、減税対象を一部に絞った「減免」や「不均一課税」という手段が地方税法で認められている。例えば、新しく進出する企業の固定資産税を一定期間減免するような場合に使われている。

名古屋市の減税が実現すれば、国との財源をめぐる交渉にも響きかねない。首都圏のある市長は「河村は衆愚政治だ。とんでもない」と不快感をあらわにする。多くの自治体が財源不足に苦しみ、全国知事会や市長会は地方交付税の復元や地方消費税の拡充を国に求めている。その矢先に減税などということになれば、国民は「地方はお金が余っている」と誤解しかねない。

この市長は「すぐに追随する首長が出てくる」と危惧していたが、早くも現実のものとなっている。7日の愛知県・半田市長選では、急きょ市民税の10%減税を公約に掲げた榊原純夫氏(前半田市副市長)が当選を果たした。しかも地方税法が住民税の税率に差をつけることを禁じているのに、「所得に応じて差をつける」と主張している。

こうした動きに総務省も黙ってはいない。瀧野欣弥事務次官が会見で、地方税減税の動きが広がることに警戒感を示す事態になっている。住民にとって税金は安ければ安いほどいいとはいえ、麻生政権のバラマキのせいで、地方にもポピュリズムがインフルエンザウイルスのように蔓延してきた。

とばっちりを受けるのは職員だろう。鹿児島県阿久根市では「職員の給料が高すぎる」と主張する竹原信一市長が、議会から不信任を決議されながら出直し選挙で再選を果たしている。これまで住民が肌では感じていた公務員の厚遇ぶりが、全職員の年収公表という形で白日の下にさらされたのが勝因とも言われる。

民間企業は給料の安い派遣社員などにシフトし人件費を下げているのに、公務員だけがぬくぬくとしている現実に国民は我慢できなくなっている。河村市長の蛮勇は、全国の公務員の既得権を根こそぎ奪うことになるかもしれない。

   

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