危うさを直視する若手の「挑戦」

ミュージカル『春のめざめ』

2009年6月号 連載 [IMAGE Review]
by K

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ミュージカル『春のめざめ』

ミュージカル『春のめざめ』(5月2日~8月30日東京・自由劇場にて公演中)

演出:マイケル・メイヤー/出演:林香純、柿澤勇人、撫佐仁美、三雲肇ほか

写真/上原タカシ

劇団四季が、性の葛藤に悩む思春期の少年少女をストレートに描いたミュージカル『春のめざめ』を自由劇場(東京・浜松町)で上演している。米ブロードウェーの話題作を日本人キャストで見せるものだが、セックスの問題を真正面から取り上げた作品が今の日本でどのように受け入れられるか。名にし負う劇団四季が本格的に取り組んだ舞台だけに、大きな反響を呼び起こしそうだ。

「ママ、本当のことを教えて。子どもじゃないの」と10代の少女ベンドラは、赤ちゃんはどうしたらできるのかと母親に尋ねるが、母親は、夫を強く愛すれば、などとはぐらかすばかり。学校では厳格な教師が詰め込み教育を強要、男子生徒らは性的な妄想にとりつかれて悩んでいる。舞台の上に置かれた正方形の盤の上で、若者たちは音楽が流れ出すと胸元からマイクを取り出し、ロックスターのように体全体で歌って感情を爆発させる。ダンカン・シークの楽曲は叙情性にも富むが、音域が広く、歌い手にはけっこう難しい。

原作は100年以上前のドイツのヴェデキントの戯曲。子どもたちの性の目覚めを赤裸々に描いた内容は、ドイツ帝国時代の道徳観を痛烈に批判していたため、当初はスキャンダラスな場面を削除して上演された。ミュージカル作品としての誕生のきっかけは、1999年4月、米コロラド州で起きたコロンバイン高校乱射事件。脚本・歌詞担当のスティーヴン・セイターはこの事件に触発され、心を病んだ子どもたちに何かメッセージを伝えることはできないかと、以前から温めていた『春のめざめ』のミュージカル化を決意した。試行錯誤を経て2006年にオフ・ブロードウェーで公演して評判になりブロードウェーに進出、翌年にトニー賞で最優秀作品賞など8部門を受賞する快挙を遂げた。

学業は優秀だが、自立的な思考をしようとするメルヒオールは、学校という抑圧的な壁にぶつかる。舞台の背景が家父長の肖像画などのかかるレンガの壁であることも、家族や学校、教会という道徳観を押し付けようとする制度を象徴している。幼馴染みのメルヒオールとベンドラは自然の衝動によって惹かれあい、結ばれ、ベンドラは妊娠する。

「大人と子どもの狭間に身を引き裂かれ」とミュージカルナンバーの中に出てくるが、思春期は大人でも子どもでもない不安定な嵐の時期。だれでも通過するものだが、対応を間違えれば、この作品のように退学、自殺などの悲劇が待っている。

性が自由に解放された現代から見ると古さもある戯曲だが、思春期の男女が置かれた危うい状況に今も根本的な変化はない。大人が見れば、昔、こんなこともあったな程度の感慨で済んでしまうかもしれないが、米国での成功には若年層からの強い支持があった。今回の企画は劇団四季の中でも若手が中心になって進めたのが特徴で、高校生らの鑑賞も予定しているという。実態は野放しでも建前上は性の問題をタブー視して敬遠する日本社会に対し、舞台作品として果敢に取り上げる米国のチャレンジ精神は衰えていない。問題を直視することの重要性をこのミュージカルは教えている。

   

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