音楽や映像の不法ダウンロード横行に、フランスでいきなり厳罰の法案が成立した。
2009年6月号
LIFE
by ジャンクリストフ・ドグヴィル(在フランスのジャーナリスト)
過激を承知で強行突破を図るサルコジ大統領
AP Images
2012年の仏大統領選挙に向けて再選を狙うニコラ・サルコジにとって、6月に行われる欧州議会選挙は間違いなくひとつのヤマ場である。その前に、サルコジは他国がうらやむ「チョー過激な」法案をサッと可決させる大統領でなければならないのだ。
その過激な法案としてサルコジが力を入れているのが、インターネットで音楽や映像などのコンテンツを不法にダウンロードした者を司法の複雑な手続きなしに、より厳格に処罰できる「アドピ法案」(創造とインターネット法案)の成立である。
法案は名称のごとく、略称アドピ(HADOPI=インターネットにおける著作普及と権利保護のための高等機関)という行政機関の設置を前提としている。現行法では著作権侵害を認めるには司法手続きを経なければならないが、司法を経ずに行政機関であるアドピが直接、手続きを管轄、違反者に対してより迅速で効果的な措置をとることができるという趣旨である。
具体的には、著作権のある音楽や映画のデータを無断でダウンロードするなどの権利侵害を権利者がアドピに告発、アドピはこれを受けて審理する。違法行為が認められた場合、アドピは定められた罰則規定を適用、違反者のネット接続の遮断をプロバイダー(ネット接続業者)に命じることができる。野球のように「3回の違反でアウト」、つまりネット接続を遮断するので、「スリーストライク法案」のニックネームがついた。その3段階とは、
① 違反があったとアドピが認めた場合、罰則が適用されることを示した警告がEメールで送られる。
② それから6カ月以内に新たな違反が認められたとき、違反者に対して警告書が本人受け取り証明付きの書類書留で郵送される。
③ さらに1年以内に再度違反が認められたとき、1カ月から1年の幅で、インターネット接続を遮断する行政執行が可能となる。この期間、違反者は契約していたプロバイダーには料金を払い続ける義務があるものの、新規契約を結べない。
しかし3回違反でネットから一時追放というこの「極刑」規定、他国では類を見ない。当然、フランス内外で侃々諤々の議論になった。
フランスでも、米国のナップスターや日本のウィニーなどのようなP2P(仲間内)ソフトによるファイル交換の合法性をめぐる議論はある。ほとんど不法ダウンロードが使用目的といってよく、その量は欧州連合(EU)圏内でもトップの座を争うといわれている。対象がパソコンソフトであれ、ゲームであれ、音楽や映画のファイルであれ、「ダウンロードするのが当たり前」。習慣化しているので、不法ダウンロードの主役である子供だけでなく親もまた、モラルに抵触するとは考えていないようだ。
日本などと同じく映画館では「映画を不法ダウンロードすることは、DVDを万引きするのと同じ」と警告される。それでもフランスの音楽産業の売上高は09年第1四半期で1億1800万ユーロと、前年同期比16.4%も減った。コンテンツ産業とアーティストたちは、業績不振の元凶は不法ダウンロードにあると断じ、得べかりし利益を失い、創作活動に支障をきたすと訴えてきた。
だが、不法ダウンロードの防止という目的で、懲罰的な効果を高めようとすれば、個人のプライバシーなどに抵触せざるを得ない。アドピ法案も成立が延び延びになってきた。
08年6月18日と10月23日に国民議会(下院)に提出されたが、採決を先延ばしにされた。修正案が11月6日、再提出され、今年4月2日まで審議が進められた。上院の承認を得て、政府は早期成立を宣言したが、野党の抵抗にあい、4月9日に21対15でいったん否決された。
「せっかち男」サルコジは激怒、威信をかけて猛然と巻き返しに出る。仏著作権協会(SACEM)は「政府に至急解決を望む」と声明を出した。仏ヴァージンの社長は「合法的なダウンロードがないことを認めたのも同じだ」と嘆き、国際レコード産業連盟のJ・ケネディ会長は「サルコジ大統領はコンテンツ産業の守護神だったはずで、否決は実に遺憾」とのコメントを出した。
与党・国民運動連合(UMP)は国民議会で多数派を占めており、5月12日296対233で可決された。その後、上院で再承認され、年末には施行となる見通しだ。
だが、ストラスブールの欧州議会では4月21日、不法ダウンロードに関する修正案が可決された。そこではネット接続遮断の措置は裁判所の判断によってのみ可能とされている。事実上、アドピ法案の骨格を否定したことになる。フランスはEU加盟国として当然、何らかの修正を余儀なくされるだろう。
実際、多くの問題が残っている。第一に、不法ダウンロードを告発するには、個人的なトラフィックの追跡が必要で、アドピという機関にはトラフィックを常時監視する機能がないから、ネットの監視を第三者に認めてしまうことになる。個人のプライバシーがのぞき見されかねない。
第二に、固定IPアドレスを持つ違反者が特定されても、IPアドレスの使用者が確実に不正の本人かどうかをアドレスだけで証明するのは困難で、冤罪の可能性が生まれる。
第三に、IPアドレスだけで特定されると、違反者とされた者が反論する余地はなく、原則有罪となる。
法案作成者の技術的無知を嗤う批判も出ているが、UMP議員団は「不法ダウンロードの定義から動画共有サイトなどのストリーミング・サービスを除外した」と胸を張っている。要するにユーチューブなどの視聴はOK、と言いたいのだろう。これは奇妙な差別化である。ユーチューブ配信で用いられている方法は、ダウンロードというべきものだからだ。
アドピ法案は、コンテンツ産業などの供給側にも一定の義務を負わせている。映画作品のビデオ化は、収益を減じたくない興行側の事情で封切りから6カ月後としているが、これを3カ月にまで縮めることを求めている。
さらに、ネットに接続する者は個人といえどもセキュリティー対策を十全に行っていることが義務づけられ、その履行が前提となっている。プロバイダーは、契約ユーザーが不法ダウンロードなどできないようにP2Pの監視システムなどを導入しなければならない。その費用は当然自腹――それが市民の義務というわけだ。
だが、世界では禁じ手とされる方法を強引に織り込んだところが、サルコジ流のミソ。その「過激さ」ゆえに、コンテンツ産業のエリゼ宮詣でが引きもきらない。不法ダウンロードをめぐっては、どこの国も同じように苦しんでいる。お手本を示したいサルコジとしては、身内がまとまらないという失態を見せてはならないのである。(敬称略)