サッカーW杯南ア開催に黄信号

スタジアムの建設は遅れ、治安も悪化。代替開催はドイツか豪州か日本か?

2009年4月号 GLOBAL

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2010年6月に迫った世界最大のスポーツイベント「サッカーW杯南アフリカ大会」の開催を危ぶむ声が絶えない。W杯に詳しいスポーツジャーナリストが囁く。

「南ア大会を本当に開けるのでしょうか? 私は南ア大会が予定通りに開催される確率は70%前後と予測しています」

いったい、どういうことなのか? 開催まで450日余となった今に至っても、スタジアム建設に目処が立っていないという。9都市10会場のうち、国際サッカー連盟(FIFA)が定める09年10月の整備期間までに間に合いそうなのは4スタジアム程度と見られている。交通網、宿泊施設などのインフラも未整備で、治安は日中でも怖くてうかつに出歩けないほど悪い。エイズ感染率も10%を超えている。南アの社会環境は、世界各国から100万人を超える観戦客が集まる一大イベントW杯がとても開ける状況ではないのだ。

南アを視察してきた日本サッカー協会の関係者も不安を隠さない。

「治安は絶望的です。特にメイン会場であるヨハネスブルクの治安が最悪で、白昼でも強盗が頻繁に起きています。さらに電力事情も不安定です。試合当日に大規模な停電が起きたら、スタジアム内は光源不足となり、試合はできない。全世界に放映するテレビ中継用の電力も100%確保できるのか、心配しています」

もともと、南アの開催能力の評価は芳しいものではなかった。FIFA内にも「南ア開催は難しい」という意見が根強かった。こうした声を押し切り、南アが招致に成功したのはひとえにFIFAのブラッター会長の強力な後押しがあったからだ。

「ブラッター会長は欧州サッカー連盟の理事らと折り合いが悪く、このままでは再選は難しい状況でした。そのため、台頭著しいアフリカ諸国の理事の支持を得ようと、W杯の6大陸巡回開催を打ち出し、南ア開催へと突っ走ったのです。これまでW杯がアフリカ大陸で開かれたことはなく、前会長のアベランジェ氏もアフリカ大陸開催に意欲を見せていた。アベランジェ氏が果たせなかった南ア大会を成功に導けば、サッカーのさらなる普及に貢献した功労者として、次期会長選を有利に戦えると計算したのでしょう」(日本サッカー協会関係者)

チケット21万枚の予約

ブラッター会長は大量のFIFA職員を現地に送り込み、南ア政府のサポートに躍起になっている。すべては自己の公約通り、アフリカ大陸初のW杯を円滑に実施するためだ。08年12月には都内のホテルで記者会見を開き、こう大見得も切っている。

「ヨハネスブルク、ダーバンの空港、鉄道の整備をはじめ、インフラ関係や治安対応にいささかの問題も生じていない。2010年W杯は間違いなく南アフリカで開かれる」

記者会見では、警察官を増員していることなども挙げ、金融危機の影響もないと、開催を危ぶむ見方を打ち消した。

09年2月20日にはチケットの予約販売も始まった。初日だけで世界128カ国から21万枚もの購入申し込みがFIFAに届いた。南アでのW杯開催はもはや、動かしがたい既定路線のように見える。

だが、それでも南ア開催を危ぶむ声は沈静化しない。

「チケット売り出しの翌日、開催地のひとつ、ネルスプライのムボンベラ・スタジアムの工事が建設労働者のストで大幅に遅れ、完成期限の09年10月15日までに完成しないことがほぼ確実となってしまったのです。いくらブラッター会長が南ア開催を明言し、チケットが予定通りに発売になっても、南ア開催は困難と考えるサッカー関係者は増える一方です」(前出日本サッカー協会関係者)

こうしたサッカー関係者の不安を背景に、幾度となく語られてきたシナリオがある。南ア開催を中止し、他国で代替開催するというものだ。実は、ブラッター会長自身が「南ア開催は予定通り」とぶち上げる一方で、万が一の事態に備え、水面下で代替開催のシナリオを密かに検討してきた。

そのことが明らかになったのは07年、英BBCが行ったインタビューでだった。この席でブラッター会長は「本当に南アで大会を開けるのか?」と執拗に問いただすBBCの取材に、思わずこう漏らしてしまったのだ。

「不測の事態が起こった場合、明日の朝、もしくは2日間、もしくは2カ月でW杯開催の準備をできる国はいくつか、存在する」

その意味するところは代替開催である。1986年のW杯メキシコ大会は開催国だったコロンビアが大会準備をできずに、開催権を返上したことに伴うピンチヒッター開催だった。

南ア開催ができなかった事態に備え、FIFAが巨額の損失補てん保険を掛けていた事実も明らかになっており、にわかに代替開催の可能性がサッカー関係者の間で語られるようになったのである。

外交センス欠く日本協会

現在、FIFA内部で代替開催の候補として浮上しているのはドイツ、オーストラリア、ベルギー+オランダ、そして日本の4カ所だという。日本サッカー協会の関係者もこう証言する。

「ブラッター会長から内密に万が一の場合、代替開催をやれるかという打診があったのは確かです。一時は犬飼基昭会長も乗り気で、『いざという時には引き受ける気概を持たないといけない』と、代替開催に意欲を見せていました」

当初、サッカー関係者の間では本命ドイツ、対抗日本という見方がもっぱらだった。ところが08年10月16日以降、日本は代替開催の招致レースで大きく後退することになる。この日の記者会見で犬飼会長がこう発言してしまったのだ。

「日本にはFIFAの基準を満たす8万人収容のスタジアムがない。(日本での開催は)できませんと言うしかない」

この犬飼発言に、大手広告代理店のサッカー事業部担当者がこう不満を漏らす。

「東京五輪を招致している東京都への遠慮もあったのだろうが、FIFAから公式な要請もないのに、代替開催はできないとわざわざ言明する必要があったのでしょうか。緊急開催なので、8万人収容のスタジアムなどなくても、FIFAが文句を言うはずがありません。代替開催とはいえ、日本にW杯が来る経済効果は計り知れません。犬飼さんの外交センスを疑います」

この担当者によれば、「それでなくても日本はドイツより不利な立場にあった」という。南アとドイツは時差がないため、南ア開催を前提にテレビ放映を計画していたW杯スポンサーにとっては、日本開催よりドイツ開催の方が望ましいのだ。そこに犬飼会長の辞退発言が出て、日本が代替開催を勝ち取る可能性はぐっと低くなった。

「2010年W杯では南ア政府は1160億円の観光収入と約16万人の雇用創出を見込んでいる」(09年1月25日付の読売新聞)。日本にとっても同様の経済効果が見込まれ、またとない「景気浮揚策」になる可能性がある。それゆえに「犬飼発言」に対し不満が漏れるのだ。

果たして2010年W杯は南アで開かれるのか。それともドイツ、あるいは日本が代替開催を引き受けることになるのか。結論は09年6月に開催されるFIFA総会で出る。

   

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