課金型モデルのグリーがマザーズに上場して猛追。時価総額で抜かれたミクシィがめざす「フェースブック」とは。
2009年2月号 BUSINESS
インターネット上で若者たちの出会いを支援するコミュニティーサイト――SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の勢力図が大きく塗り変えられようとしている。
SNSといえば、日本では最大手ミクシィ(06年9月、東証マザーズ上場)を指すのが常識だったが、08年12月17日、二番手のグリーが同じマザーズに上場を遂げた。
初値は公募価格の1.5倍、時価総額は1070億円と、ミクシィを超えてマザーズのトップに躍りでた。売買高はマザーズ全体の3分の2以上を占め、年が明けて1月8日現在でも、時価総額は1137億円とその勢いは止まらない。
「グリーがミクシィを超える」と投資家たちはもてはやすが、会員数はミクシィの1568万人(08年9月末)に対し、グリーは716万人(10月末)と約半分。しかし、グリーの今期(09年6月期)業績予想でみると、売上高はミクシィの130億円(09年3月期)に及ばないが、99億円と前期比3倍増に躍進する見込みだ。経常利益ではミクシィの38億円を大きく上回る59億円で、こちらは5倍増である。
つまり会員数に比べて利益率が高く、伸び盛りなのだ。だが、3年前の上場時に600万人のミクシィに対し、「日本最初のSNS」として先行していたはずのグリーは36万人と大差がついていた。それがここまで盛り返したきっかけは、06年7月にKDDIが第三者割当増資を引き受け、auで携帯電話向けSNSサービスに力を入れ始めたことだろう。
しかしこれだけでは「二番煎じ」の座を脱出できなかったはずだ。会員が爆発的に増えたのは、主としてパソコンを足場に広告収入をあげるミクシィ型から、携帯を足場にさまざまなサービスへの課金で収入をあげるビジネスモデルに移行したことによると思われる。
携帯画面のなかに「アバター」と呼ばれる利用者の分身をつくり、着せ替え人形のようにさまざまな電子アイテムを販売、これらを保存するデータ領域も有料で提供する。「当初のグリーはミクシィとほぼ同じ純粋なSNSの事業モデルでしたが、今はディー・エヌ・エーが運営する『モバゲータウン』を模倣したサービスと捉えるのが正しい」とネット広告代理店の経営幹部は言う。ミニ携帯ゲームにSNS機能を加えたモバゲー(会員1164万人)型に移行したからこそ、伸びたと見るのだ。
パソコンのインターネットでは「アバター」サービスは伸び悩んだが、着メロや着うたの課金制に慣れた世代がグリーの携帯「アバター」に飛びつき、今や売上高の約7割が「アバター」課金事業から。売上高の8割超をバナー広告などに依存しているミクシィとは対照的だ。
「ミクシィは収益モデルの多角化をめざしつつ、広告依存から脱し切れていない。立ち上げ当初は広告依存だったが、ネットオークションの有料化を導入したヤフーのように、ネットサービスはどこかで収益モデルを多角化する必要がある。ヤフーはできたが、ミクシィはグリーに先を越されたと見る向きもあります」(株式市場担当記者)。
SNSは、ヤフーのようなポータル(玄関)サイト、グーグルのような検索サイトに次ぐ、第三のインターネットの入り口と目される。ポータルや検索が入り込めない「閉じたネットワーク」の中で利用者同士が交流する場を提供するからで、そこでは利用者の特性に応じたきめ細かな広告が可能とされ、新しい広告メディアと期待されてきた。
しかし、現状ではSNSはポータルやニュースサイトに比べPV(ページビュー)あたりの単価が著しく安い。広告に載せるのは人材サービスやコスメが多く、ナショナルクライアントの獲得には苦労している。
「新聞やテレビの広告が軒並み苦戦しているように、ネットメディアもこの不況で広告依存型では行き詰まる可能性が高い。ネットサービスの収益モデルは大きく分けて広告、課金、EC(電子取引)だが、今は課金かECを主力とする企業が投資対象としては魅力的」(新興企業投資担当者)との声は多い。
今のところミクシィの広告事業の基盤はまだ固い。08年10月には広告事業の好調を受けて09年3月期の業績予想を上方修正している。巨大な会員数の意見をマーケティングに活用するため、ミクシィと組んで開発されたカップ麺や清涼飲料水などを店頭で見かけることも多くなってきた。しかしグリーの猛追と高収益モデルに、うかうかしてはいられなくなった。
もっとも、ミクシィは課金事業の拡大を急務と捉えているものの、グリーと同じ方向だけを模索しているわけではない。「ミクシィは米国の『フェースブック』のような世界規模のSNSの進化の流れを汲んだ発展を狙っています」とあるネット広告代理店の幹部は言う。
世界のアクセス数の上位10サイトのうち、SNSは05年時点で「マイスペース」(ニューズ・コーポレーションが買収)だけだったが、08年にはフェースブックなど6サイトが食い込んでいる。急成長するフェースブックの月間訪問者数は近く2億人に達すると見られる。
フェースブックが既存のSNSと違うのは、誰もが自由度の高いアプリケーション(応用ソフト)を提供できること。開発者向けに開かれた開発環境を提供して、外部企業と水平分散事業を展開するモデルで、これはSNSをパソコンでいう基本ソフト(OS)と見立て、外部企業からさまざまなソフト提供を促す仕組みを用意することだ。閉じられたSNSを開放し、一大市場に仕立てようとしているわけだ。
その将来性を見込んでマイクロソフトが提携、買収を検討しているともいわれる。すでにフェースブックなどのSNSにソフトを提供する新興企業数社が大規模な資金調達を完了済み。「この大不況がなければフェースブック関連のソフト会社の上場話が出てきてもおかしくない」(米新興企業幹部)という。
ミクシィも動きだした。昨年11月27日に、サービスモデルを大きく変える計画を発表した。12月から開発環境の開放を進め、今春には同社のSNS関連データを活用してさまざまな端末やサービス基盤にソフトなどを開発できるサービスを開始する。知人の招待がなくては原則利用できなかった「招待制」も撤廃、登録制にするとしている。会員が1500万人もいては閉鎖性に意味がなくなってきたからだろう。
ただ、日本には携帯経由のSNSが主流という特殊性がある。先の米新興企業幹部は「携帯業界はキャリアによる垂直統合モデルだけに、開放的な開発環境のSNSが受け入れられるかは未知数。ミクシィもどこまで開放的な開発環境やデータを提供できるのか。新興企業のソフト開発を支える投資家の規模も米国と比べて小さい。夢は壮大だが、「日本版フェースブック」は離陸できるのだろうか。