ネット空間に「アルカイダ追捕使」

情報の大海原、インターネットに潜むテロリストを追って、米国で新しいインテリジェンスが胎動。

2007年10月号 GLOBAL

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情報機関の隠語で、OSINT(Open Source Intelligence)という言葉をご存じだろうか。情報機関のインテリジェンス活動には、スパイ(HUMINT)、傍聴や暗号解読(SIGINT)、偵察衛星画像(GEOINT)などがあるが、OSINTは公開情報(オープンソース)を使って分析するものだ。

実は古くて新しい。情報収集活動は新聞や雑誌などを丹念に調べることに始まるからだが、最近はインターネットという宝の山が出現、これを「打ち出の小槌」にできるかどうかがインテリジェンスの死命を制するようになってきた。

「アルカイダはインターネットを使いプロパガンダを広げ、訓練し、リクルートをしているのです」

米国土安全保障省のフランシス・タウンゼント大統領補佐官(テロ対策担当)が壇上から観衆に訴える。聴き入るのは全米のインテリジェント部局から来た800人以上のエキスパートたちだ。7月16、17日、ワシントンで開かれた初のOSINT会議の主催はODNI(国家情報長官局)。キャンセル待ちが250人もいる超満員御礼だった。

日本も他人事ではない

9.11テロを未然に防げなかった反省から、CIAやFBIなど16のインテリジェンス組織を束ねる形でODNIは04年に誕生、初代の国家情報長官はジョン・ネグロポンテ(現国務副長官)、現在の長官はJ・M・マッコーネルである。

タウンゼント補佐官は本来極秘の「国家情報評価」の一部を公開した。「アルカイダが再び米本土を攻撃する脅威が高まっている」との分析である。

しかし、アルカイダは情報の大海原であるインターネットを最も熟知し、有効に使う極めて現代的なテロ組織だ。それ自体が一つのまとまった組織ではなく、明確なリーダーがいるわけでもなく、シンパシーを持ったイスラム教徒が自然発生的に動くネットワークである。今年6月に起きたロンドンとグラスゴーのテロ未遂事件は、アルカイダ系といわれているが、イスラム人医師らが中心で、テロのアマチュア化が起きているのだ。

日本も他人事ではない。ネット環境が充実しているおかげで、あちこちに音楽やソフトの不正コピー、自前で撮影したアダルト動画をアップロードできる無料アップロードサイトが存在する。一時期、アルカイダは情報の中継サイトとして、日本にある無料アップロードサイトを利用していた。ジハード(聖戦)煽動やテロリスト募集、あるいはテロ実行時の動画を置いていたのだ。利用には日本語が読めなければならないはずだが、それでも使っていたということは、使い方をマニュアル化して公開していたのだろう。

古典的な冷戦時代のインテリジェンス手法では、現代的なアルカイダに太刀打ちできないのだ。06年7月11日、マッコーネル国家情報長官は「情報コミュニティー指令301」という書類にサインをした。これで正式に公開情報センター(OSC)を設け、オープンソース情報を収集し、情報コミュニティーで共有していく仕組みができたのだ。

どのようなものかは、会議のパネルセッションで行われた質疑応答で垣間見ることができた。聴衆の一人、陸軍の女性が「陸軍のファイアウォールがあって、情報にアクセスできない」と質問すると、「OSCが提供する共通プラットフォームを使ってください」との回答が返ってきた。どうやら従来のインテリジェンス組織の秘密主義オンリーを脱皮しようとしているらしい。

目まぐるしく変化し、高度化するIT(情報技術)に遅れをとらないためには民間の技術導入も必須。民族性や文化の理解、歴史的背景の理解、プロファイリング、行動予測、ありとあらゆる分析を行い、それを政策決定権者である指導層に的確に伝えなければならない。分析をさらに高度化していけば、インテリジェンスを越え、学問の領域まで達することとなる。分析担当国家情報副長官であるトーマス・フィンガー博士は大学などとの連携を説いた。

この会議でもメリーランド大学で行われているグローバル・テロリズム・データベース(GTD)が紹介された。1970年から2004年までの8万件の国内外のテロリストによる攻撃が登録されている。これには100人を超す修士課程や博士課程の学生を動員したという。

だが、米国でも本格的なOSINTはまだ緒についたばかり。元CIAで下院議員でもあったロバート・シモンズは「ニューフロンティアだ」と感慨深げだ。

OSINTの歴史も浅い。シモンズが「ここ5年間でOSINTに加わった方は?」と尋ねると、会場の約7割程度が挙手していた。これが10年になると50人程度、20年以上というと10人いるかどうかになる。

しかし米政府の全インテリジェンス組織から人を集め、民間人を交えて公開会議を行うというのは前代未聞だろう。会議の参加者800人中、民間人は200人、うち大学関係者が47人、参加国は全部で27カ国である。ウェブサイトからの情報収集というパネルセッションでは、参加者からこんな発言があった。

「大量のアラビア語のページを自動翻訳するというが、以前、ロシア語の自動翻訳を試してみたが、まったく使いものにならなかった経験がある。そんなにうまくいくのか」

かつてはそんな簡単に想像のつくことでも、何をやっているかは極秘事項であったはず。質問している方もされている方もまだ暗中模索の状態なのだ。現場の先端まで情報が回っていないのだろうという印象を持った。たぶん、そのために共通の意識を持たせ、情報を共有・浸透させる役目もこの会議は担っているのだろう。

「数千の花を咲かせる」

会場では女性の姿が目立った。4人に1人の見当だろうか。国防総省の伝統として、分析、研究、技術分野では女性の比率が高い。第2次世界大戦でエリザベス・フリードマンは暗号解読のパイオニアとして名を残しているし、コンピューター言語COBOLの生みの親であるグレース・ホッパー元少将は79歳まで現役将校だった。97年に就役したイージス艦「USSホッパー」は彼女の名前に由来する。

会議で締めくくりの講演を行ったのも、情報収集担当の国家情報副長官メアリー・グラハムである。彼女は27年間もCIAに在籍していたが、それに似合わずちょっと口が軽い。05年のある会合で、米国政府が1年にインテリジェンスに使うお金は440億ドル(約5兆円)と口を滑らしたことがある。

では、インターネットの巨大な情報空間から大量の情報を収集し、分類し、深く分析し、政策決定権者が国家安全保障政策を決定するのに有用な情報を上げることが果たして可能なのだろうか。グラハム副長官の表現を借りればこうである。

「数千もの花を咲かせましょう」

今はまだ咲いていない蕾なのだ。情報コミュニティーに技術とトレーニングを提供するOSCは今後、「フランチャイズ展開をする」ともグラハム副長官は言う。米国のインテリジェンスは今、新しい領域に入りつつある。(敬称略)

   

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