内偵リーク噛みつかれSEC出向検事「狼狽」

犯人扱いされた「ヒルズ族」の野尻佳孝テイクアンドギヴ・ニーズ社長。国家賠償訴訟の可能性も。

2007年3月号 DEEP

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 検察の捜査手法に今ほど不信の目が向けられている時を知らない。検察が「法の下の平等」を定めた憲法を逸脱し、「一罰百戒」「訴訟経済」を盾に勝手な正義感から捜査対象を恣意的に選んでいるのではないか、という疑念と不信である。その格好の事例がある。

 レストランやゲストハウスのブライダルで急成長を続けるベンチャー企業「テイクアンドギヴ・ニーズ」(T&G)の野尻佳孝社長(34)がインサイダー取引、および株価操縦の疑いで証券取引等監視委員会(SEC)から事情聴取を受けている、と「週刊文春」が報じたのは昨年12月7日(12月14日号)のことであった。

 報道は詳細を極めていた。記事によれば、T&Gは2004年4月12日に「6月18日に1対3の比率で株式分割を行う」と発表したが、その約2週間前の3月27日に野尻社長が花見の宴を開き、その席で株式分割の情報を関係者に漏らしたのではないかという点に、SECは重大な関心を持っているという。

聴取内容ツツ抜けに驚く

 これが事実なら、この情報を聞いてT&G株(東証1部上場)を売買すれば、証券取引法違反のインサイダー取引を行った疑いが生じる。野尻社長の事情聴取は6回に及び、花見の宴に参加していたT&Gの大株主、かつてのT&G幹部、そして有名投資家3人も事情聴取を受けたとされた。3人とも文春誌面ではA、B、Cと匿名表記だが、大株主は野尻社長の高校・大学の同窓生、有名投資家はライブドア元幹部、榎本大輔氏と近い人物である。

 野尻社長本人には情報漏洩とともに、T&Gの株価を連絡しあって操縦したとの疑いも持たれたという。これに関しては、SECの事情聴取に呼ばれた有名投資家や同窓の大株主も聴かれている。

 聴取にあたった検事に女優との交際を聞かれて、野尻社長が「そんなにもてるわけじゃないっスよ」と答えた記述など記事は具体的かつ断定的で、かつてのT&G幹部の株式売買が元妻の口座で行われていたことなど、驚くほど詳しい。何より野尻社長らを驚かせたのは、SECから執拗に聴かれた花見の席での会話が再現されていたことだった。

 捜査当局の人間でなければ知りえない情報ばかりだったため、当然のようにT&G側は記事の情報源を捜査当局だと考えた。

 かつてライブドアの堀江貴文前社長、サイバーエージェントの藤田晋社長とともに「六本木ヒルズ三羽烏」とも呼ばれていた野尻社長である。ライブドア、村上ファンドに続く「検察の次の狙いはT&Gか」という空気が株式市場に広がった。

 文春発売から4日後の東京・霞が関。金融庁の入る中央合同庁舎4号館の一室で怒声が響いた。

 相対していたのは、野尻社長の代理人、秋田一恵弁護士と、東京地検からSECに出向している検事Tである。

 秋田弁護士は、今まで野尻社長がSECの事情聴取などにも応じ、協力してきたにもかかわらず、明らかにSEC内部からリークされたとみられる情報をもとにした記事で、多大の被害を被ったとして、こう詰め寄ったのだ。

「リークしたのは証券監視委員会じゃないんですか」

 それに対し、検事Tは自分が(野尻社長らの)聴取を担当しているのではないと言いつつ、

「それは嘘だろう」

「私が情報源などと言いふらしたら、(弁護士会の)懲戒にしてやる」

 と次第に興奮し、

「不愉快だ。帰ってくれ」

 と怒鳴りつけたのだった。

 同日付で野尻社長の代理人がSECの高橋武生委員長宛に送った通知書の中には、当局の情報漏洩で書かれた記事によって被った被害が具体的に記載されている。例えば検討中だったM&A(企業の合併・買収)が中止となったこと、100億円の資金調達が頓挫したこと、何より株価下落で時価総額数百億円が吹っ飛んだことなどだ。

「会社そして、株主からの要求もありますし、今後、国家賠償訴訟により損害の賠償を請求せざるを得ない可能性もあります」(秋田弁護士)

 捜査機関のリークに対する国家賠償訴訟――それはSECのみならず、リークによってメディアを誘導する検察や警察、さらに国税当局を震撼させる。なぜなら、内偵情報を司法記者会や警視庁7社会などに流し、新聞、テレビ、雑誌で内偵対象を悪者視する世論を形成してから強制捜査に踏み切るのが、当局の常套手段になっているからだ。本誌の調査報道にとっても他人事ではない。

 内偵をリークされた企業は、ただ不運を嘆くしかないという雰囲気さえある。何度となく逮捕情報が流れた楽天社長の三木谷浩史氏が「こんなことだと誰とも話せないし、もう経営なんてやっていられない」と心情を吐露していた。

 贈収賄の立件がますます困難になってきた検察にとって、株式市場は新しい「飯のタネ」。株式分割規制の緩和、株式交換制度の導入、自社株買い規制緩和……市場活性化の名目で行われた商法や証券取引法の改正が「ホリエモン」という鬼っ子を生み出したことは間違いない。

 しかし市場では時価総額数百億、数千億円という“生きた”企業が売買されている。一度そこに検察が手を突っ込めば突然死を宣告されたにひとしく、投資家も同じ憂き目にあう。検察の正義の前にはそれさえ一顧だにされないのだろうか。

「国策捜査」を正当化するが

「外務省のラスプーチン」佐藤優元主任分析官(起訴休職中)の書いた『国家の罠』以来、検察捜査には「国策捜査」との言葉がついて回るようになった。検察内部ではそれを正当化する統治機構論が聞こえる。

「本来、国策とは国の政策をいう。検察は国の行政機関である。その検察が国の政策に沿って権限を行使するのは当然のことである。(中略)国策捜査イコール『悪』ではない」(『特捜検察vs金融権力』)とベテラン司法記者、村山治氏が書いたのもそれを反映していよう。

 だが、内偵情報も広義のインサイダー情報である。リークして世論を操作するのは、漏洩情報で株価操縦するのとどう違うのか。ミイラとりがミイラになるように、追及する側がされる側に似てしまう。これが国策と言えるのだろうか。

 T&Gは文春報道から7週間後の1月24日、会社のホームページで「報道に関するご報告」と題する報告文を掲載した。野尻社長はそこで週刊誌報道にあったインサイダー疑惑に対し「潔白」を宣言するとともに、次のように記している。

「もし今回の記事の情報源が、記事に記載のとおり証券取引等監視委員会関係者からの漏洩によるものであれば、国家公務員法(100条)の守秘義務に違反する行為が行われていることになります」

 昨年12月以来、T&Gインサイダー疑惑に関して事情聴取を受けたものは誰もいない。SECは沈黙を守ったままだ。

   

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