次世代IPベンチャー企業を捨てて、NTTにすり寄ったリソー教育の“火種”。
2006年7月号 BUSINESS
東証一部上場のリソー教育といえば、進学塾チェーン「トーマス」などを運営する、塾業界のリーディングカンパニーである。会長の岩佐実次氏は新聞にも登場し、日本の未来を担う次世代の子供の教育にかける熱烈な思いを語っている。
だが、次世代の事業モデルとなると、パートナーだったベンチャー企業から「背信行為」と指弾されるトラブルが発生、社会的信用を失墜させかねない火種となっている。同社は次世代インターネット・プロトコル「IPv6」技術を使った映像配信による遠隔授業を手がけているが、そこで知的財産権侵害と契約違反があったと、このベンチャー企業に訴えられようとしているのだ。
訴訟準備を進めているのは、IT系ベンチャー企業「ビーケア」。その言い分は、同社が開発し、ビジネスモデル特許申請中のIPv6マルチキャストによる映像配信サービス「i-InproV6(i-インプロV6)」と同等の機能を有するサービスを、リソー教育が無断で商業利用しているというものだ。
問題のサービスは、インターネットに乗せて1対多拠点向けに塾授業の映像を配信するというもの。授業風景を録画したVTRを見せる「テレビ授業」の例ならよくあるが、ネットに乗せたところが新しい。トーマスでは人気講師の授業を首都圏に点在する54カ所の塾に光ファイバーを通じて配信している。
このような組織内向けの映像配信は大手予備校や大企業も行っていて衛星放送を使う例が多いが、衛星放送の初期コストは「2億~3億円は当たり前。ランニングコストも月額1千万円は下らない」(ビーケア)という。だが、「i-インプロV6」は、初期費用1700万円程度、月額コスト300万円以下で衛星放送とほぼ同等のことができるという。
実はつい最近までリソー教育とビーケアは蜜月のパートナーだった。昨年8月からこの4月末まで、ビーケアがリソー教育に「i-インプロV6」を提供する正式契約が結ばれていたのだ。このシステムの将来性に気づいたリソー教育は、昨年10月に「i-インプロV6」の総代理店になりたいと申し入れたが、条件が合わず話は流れている。
リソー教育とビーケアが結んだ「ビジネスモデル配信サービス契約」の内容は、リソー教育が購入した映像・通信機器を使って、ビーケアがサービスの構築・管理・運用を行うというもの。「i-インプロV6」を考案し開発したのはビーケアだから、知的財産権もビーケアにある。契約には、映像配信サービス利用の対価をビーケアに支払うと明記されている。
実際にリソー教育の進学塾トーマスでは、この映像配信を利用した遠隔授業が塾生に有料提供されていたのだが、3月25日に突然、リソー教育はビーケアに解約を言い渡した。が、不思議なことに契約期間が終了したはずの5月以降も、リソー教育は同じ機器を使って遠隔授業を続けているという。
この事実を知ったビーケア社長の廣野正弘氏は首をかしげた。リソー教育にはIPv6マルチキャストのような高度な通信サービスを運用できる技術的な基盤や能力がないことを知っていたからだ。調査したところ、「NTT東日本に運用を依嘱している」ことが判明した。
ビーケアが提供していた「i-インプロV6」の通信機器類の所有権は自分たちにあるとして一方的に解約し、そのままNTT東に持ち込み、運用を依嘱したのだとすれば、「知的財産権の侵害のみならず、機密保持契約にも違反する」と廣野氏は憤慨する。総代理店の申し入れが断られた時点で、「それならいっそ同じものをNTT東に依嘱して構築してしまえ、という考えになったのではないか」とも推測する。
本誌はリソー教育に事実関係を問い合わせた。が、何度かの取材の申し込みに対し、担当者の対面取材はおろか、文書による質問にも応じようとしない。「契約違反の事実はない」というだけのファクスを送りつけ、書けば法的措置をとるなどと書き連ねてきた。株式公開企業のイロハも知らないとしか思えない。
ただ、その頑なな態度の割には対応が混乱している。ビーケアが送った内容証明付きの文書に対するリソー教育の回答には、ビーケア側がなにも指摘していない日本エデュネットという子会社が新たに登場する。「授業映像の配信は日本エデュネットが行っているが、違反や侵害の事実はない」といった意味のことが書かれているが、ヤブヘビとはこのことだろう。
日本エデュネットがしていることで当社は無関係、というつもりだろうか。連結対象子会社のビヘイビアに親会社の一部上場企業が無関係という理屈は通用しない。
実はこの日本エデュネット、以前からパソコンとネットを使った「ハローe先生」というマンツーマンのテレビ電話型の家庭教師サービスを行っているリソー教育のIT部門のような会社。くだんの映像配信サービスをここに移管し、直接の運営を行っていることをわざわざ教えてくれたようなものだ。
NTT東との間で業務契約を結んだのも日本エデュネット。おかげでNTT東への問い合わせもまずまずスムーズに進めることができた。そのNTT東に尋ねたのは、知的財産権侵害や契約違反疑惑に揺れるシステムを依嘱されたという認識はないのかどうかである。「通常の取引業務の一環として受託しているだけで特段のコメントはない」という姿勢だった。さすがに「官僚主義の牙城」はとりつく島もない。
百歩譲って「i-インプロV6」とはまったく別にNTT東とリソー教育が共同開発した新技術という可能性はないのか、とビーケアに質してみた。廣野氏はかぶりをふる。
「トーマスの塾の現場ではいまだにビーケアがサービスを提供していると思っていて、不具合が出たらうちに助けを求める。ある教室に出向いて機器をチェックしたが、今もビーケア時代の端末がそのまま使われていた。端末が同じならセンター側のサーバーも同じだろう。つまり我々の技術をそのまま盗んだということ」と怒りを隠さない。
アイデアの乏しい大手企業が中小ベンチャーに協業や提携をもちかけて、気がついたらビジネスモデルだけをちゃっかり盗用してサヨナラという例はよく聞く。廣野氏は「リソー教育もNTT東と組んで、ゆくゆくはこのシステムを外販するつもりだろう」と予測する。
ビーケアでは、昨年2月に「i-インプロV6」のビジネスモデル特許を国際出願している。「まもなく審査結果がわかる」(廣野氏)ので、その結果いかんによっては司法の場で決着をつけるときがやってくるだろう。