『ゴーンショック―日産カルロス・ゴーン事件の真相』

浮かび上がるカリスマの「光と影」

2020年6月号 連載 [BOOK Review]
by 金塚彩乃(弁護士・フランス弁護士)

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『ゴーンショック―日産カルロス・ゴーン事件の真相』

ゴーンショック―日産カルロス・ゴーン事件の真相

出版社/幻冬舎(本体1800円+税)

2018年11月19日と19年12月29日――。こんなことがあり得るのか、と日本中そして世界中が驚いたカルロス・ゴーン元日産会長の逮捕と日本からの脱出。一体何が起きたのか、なぜなのか、という誰もが知りたいと思うこの事件に克明・詳細な取材と迫力ある筆致で迫るのが、本書である。

筋立ては「第一部 特捜の戦い」「第二部 独裁の系譜」「第三部 統治不全」「第四部 ゴーン逃亡」という4部構成になっている。本書を通じて、日産の内部調査と東京地検特捜部が抱える問題と葛藤、事件化の流れ、その中での検察官の生の声が読めるのも非常に興味深い。日産の歴史、カルロス・ゴーンの生い立ちと人物像、若きエリート、マクロン大統領就任以降のフランス政府からの圧力とゴーン支配の変質、そして現実にはあり得ないような世紀の大脱走劇が、隈なく描きだされている。本書は400ページとそれなりに長いが、息もつかせぬ勢いで一気に読ませてしまう。

このような本書の魅力は、単にカルロス・ゴーンにかけられていた嫌疑の複雑な内容を明快に詳述するにとどまらず、独裁の系譜を日産自動車という会社の成り立ちから追い、すでに多くの問題を抱え込んでいた巨大企業の病理という大きな流れの中でとらえ、立体的に今回の事件を位置づけているところにある。もちろん不正行為(仮にそれが検察の主張どおりにあったとすれば)はカルロス・ゴーン個人の問題である。しかし、日本の敗戦(財閥解体)以降迷走を続け、希代の経営者であるカルロス・ゴーンなくしては生き返ることができず、そしてゴーン放逐後低迷し続ける日産の問題も極めて根深い。その中で稀有な能力を持ったカリスマ、ゴーンの光と影が浮かび上がる。

そして、朝日新聞の独占取材においても繰り返される「私が逃げたのは、公平な裁判を受けられる可能性がゼロだったからだ」「そこで公平さがなく、弁護する術を奪われたらどうしたらいいのか」という主張も胸に突き刺さる。

日本の法を無視した逃亡は正当化できないとしても、ゴーン事件は訴追側と弁護側に対等な武器を与えない日本の刑事訴訟法、そしてその実務の根深い問題を白日の下に晒し、日本は国際的に厳しい非難を浴びた。

クーデターなのか、あるいは日本政府も関与する陰謀なのか。未だカルロス・ゴーンが公開するというアナザーストーリーの証拠は明らかになっていない。真相が明らかになる機会は永久に失われてしまったかも知れない。そのような中で本書は我々に可能な限りの事実を鮮やかに描きだす。

著者プロフィール
金塚彩乃

金塚彩乃

弁護士・フランス弁護士

東京大学法学部卒業。2004年弁護士登録(第二東京弁護士会)、2007年パリ弁護士会登録
日本で唯一のフランス系法律事務所パートナー弁護士を務める。
主に日仏の取引関係及び訴訟案件、フランス人の刑事事件を扱う。
2014年フランス共和国大統領より国家功労賞叙勲

   

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