「成長戦略」の切り札 「インフラ輸出」で攻める

前田 匡史 氏
国際協力銀行執行役員 前内閣官房参与

2013年10月号 POLITICS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

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前田 匡史

前田 匡史(まえだ ただし)

国際協力銀行執行役員 前内閣官房参与

1957年生まれ。東大法学部卒業。日本輸出入銀行(現国際協力銀行)入行。ワシントン駐在、OECD主席交渉代表、国際経営企画部長を経て2012年より現職。10年6月内閣官房参与に任命され、新成長戦略、インフラ輸出に関するアドバイザーとして首相官邸で活躍。

写真/平尾秀明

――安倍首相は成長戦略の柱に「インフラ輸出」の3倍増を打ち出しました。

前田 インフラ海外展開の提唱は、第一次安倍内閣が2007年に発表した「アジア・ゲートウェイ構想」に遡ります。安倍首相のアイデアは、民主党政権の「パッケージ型インフラ海外展開」戦略に受け継がれ、当時国際協力銀行(JBIC)の部長であった私は内閣官房参与として、インフラ輸出について総理や官房長官にアドバイスをすることになりました。

インフラ海外展開は、国内市場向けに「ガラパゴス化」した日本の基幹産業分野であるインフラ部門を、海外の競争環境に晒して、厳しい競争に打ち克(か)ち、我が国の優れた技術力をグローバル市場に押し出す政策です。

「官民の有機的連携」が鍵を握る

――20年までに現状の3倍の約30兆円に拡大する計画は、実現可能ですか。

前田 新興国の人口増加や経済成長を背景に、電力、上下水道、鉄道、道路、港湾、空港、通信といったインフラ需要は世界的に拡大し、2011~30年で総額24兆ドルに及ぶとの試算があり、3倍増は実現可能な目標です。とはいえ、今世紀に入って韓国、中国、ロシアといった新興国が台頭し、世界の競争環境は激変しました。技術の優位性だけで、この厳しい国際競争を勝ち抜けません。発電所や製油所などのプラント輸出成約統計で、06年に日本は韓国に逆転され、今では3分の1以下です。

もちろん、日本の強みは機械や設備といったハードの技術の優秀さだけではない。優れた機械を高度にかつ安全に運行・運営するノウハウ、複雑な施設の保守管理、さらにはビジネスモデルの設計にこそ強みがあります。例えば来年開業50周年を迎える東海道新幹線は死亡事故ゼロで、安全かつ正確に運行してきました。これは専用軌道を基本として、在来線との交差を極力少なくするという設計思想の賜物です。こうした日本の強みを活かしたインフラ海外展開を、「官民の有機的連携」により加速させることが、日本の復活の鍵を握ると確信しています。

――首相のセールス外交が目立ちます。

前田 首相が唱える「地球儀を俯瞰する外交」が得点を挙げています。2月の日米首脳会談では、オバマ大統領が推進する高速輸送鉄道網を賞賛しつつ、我が国の超伝導リニア技術の米国への導入を、日米協力のシンボルにしようと提案しました。4月のプーチン大統領との会談は3時間に及び、エネルギー、運輸インフラ、都市環境、医療技術などの協力関係を深め、さらに日本企業の進出を促す新制度として、JBICと政府系ファンドロシア直接投資基金が10億ドルを目途に、共同で投融資案件を選ぶ「プラットフォーム」を創設しました。

――民主党時代とどう変わりましたか。

前田 外向けの顔である首相と、霞が関を束ねる官房長官が役回りを果たし、官僚機構をうまく使いこなしています。

――JBICも大きく変わりましたね。

前田 昨年4月に株式会社日本政策金融公庫から分離して、株式会社国際協力銀行となり、日本企業のインフラ海外展開を、より機動的に支援する組織に生まれ変わりました。従来のJBICは事業者立案のプランに基づき融資を中心に案件の最終段階に登場していましたが、それでは激烈な国際競争に乗り遅れます。案件形成の初期段階から深く関与し、日本に有利な条件採用をホスト国に働きかけたり、インフラファンドやインフラ事業会社へ出資したり、海外企業のM&Aを支援したり……戦略的リスクマネーを出さない限り、果実は得られません。

3月末に、インド経済を牽引するムンバイと首都デリーを結ぶ高速道路や鉄道、上下水道などのインフラを建設する、日印共同プロジェクト「デリー・ムンバイ産業大動脈構想」の推進主体に、JBICが26%の出資(約4億円)をしたのは、画期的な出来事でした。その取締役にも就任した私は、初期段階からインフラ・プロジェクトの組成に関与し、日本企業の参加を促すことになります。

5月に安倍首相はミャンマーを訪れ、対日債務約2千億円の返済免除を表明しました。最近、中国の対ミャンマー投資は90%減ったと報じられ、「中国離れ」の著しいミャンマーは、日本にとってビジネスチャンスです。ミャンマーにはティワラ工業団地開発事業や最大都市ヤンゴンの再開発構想があり、ヤンゴンの機能的な街づくりのマスタープランを、日本が提案できたら素晴らしいですね。

「経済大国」日本の凋落は、1989年の日米構造協議から始まりました。当時、対日貿易赤字に苦しむ米国は「おかしいのは日本だ」と断じて「米国向け輸出をやめて内需中心にせよ」「特殊な日本的経営をやめて自由化せよ」と要求し、日本経済の強みを強引に剝ぎ取っていきました。日本の産業構造の弱体化は、米国が戦略的に意図してきたことであり、まんまと武装解除された我が国は衰退の道を歩みました。このまま内向きを続けたら雇用を守れず、高い技術力すら維持できなくなります。長期的な衰退のスパイラルから逃れるには、グローバル市場に打って出るほかないのです。

日本の活路を拓く「リスクマネー」

――JBICの役割は重いですね。

前田 日本にはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のように世界最大の機関投資家でありながら、莫大な資産(約120兆円)を国債などの安全・低リスクで運用している組織があります。安倍政権はGPIFを改革し、今より高い運用目標を課そうとしています。この巨大ファンドの運用基準を緩和し、成長分野に投資するように幅を広げられないか。仮に、その数%でもインフラ海外展開に投資運用できるように、我々がGPIFにも投資可能な証券化商品を創出することを検討すべきではないかと考えています。我が国が活路を拓くには戦略的リスクマネーが必要であり、郵便貯金や簡易保険を含めると日本の公的金融部門には500兆円を超える原資が眠っています。

   

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