どこまでも増え続ける営業マン。巧みな弁舌で医師を籠絡し、高いクスリを売りつける高給取りが6万人も!
2012年9月号 LIFE
製薬企業の営業マンが、国内で増え続けている。
「営業マンの頭数が多ければ多いほど医薬品は売れる」。1990年代、世界最大手の米ファイザーが実証した理論に基づき、各国の製薬企業が営業マンを大幅増員した。しかし当のファイザーは買収・合併を繰り返し、2000年以降リストラの一環で営業マンの数を縮小。それにならい欧州企業も引き締めに走った。ところが日本だけは今もどんどん増え、減少する気配がない。
営業マンの人数は00年度末時点で4万9212人だったが、翌01年度末に5万人の大台を突破。「そろそろ頭打ちだろう」と予測されたが、わずかに減った07年度末を除けば毎年1千~3千人増加し、10年度末にはついに6万人台に突入した。11年度末(8月8日現在集計中)も増加記録を更新するのではないかと伝えられている(数値は公益財団法人MR認定センター調べ)。一方、一時10万人を超えていた米国は、いまでは7万人台まで減った。今後も減少する傾向にあり、早晩日米逆転もあり得る。人口、医師数の日米差を考えればいかに日本の営業マンが多いかわかるだろう。
「売り上げを増やすために営業マンを増やして何が問題なのか」。疑問を抱く読者も多かろう。だが製薬企業の特性を考えれば問題は大ありなのだ。
理由は大きく二つ。第一に、製薬企業は国内売り上げの9割以上を医療用医薬品、すなわち医療保険で使う医薬品に依存している。医療用医薬品は病院や診療所の医師が処方せんを発行しなければ買えない。要するに患者に選択権はない。患者や消費者へのPR広告も「科学的な薬物治療を歪める」という理由で法律で禁止されている。
いまテレビや雑誌で広告が許されているのは、効き目や副作用が緩い一般用医薬品だけ。一般用は医師の処方せんがなくても買えるが、その売り上げは全体の1割に満たない。当然、各社の力点は医療用医薬品にある。そしてどの医療用医薬品をどう使うかは、医師の判断に委ねられている。
国内製薬企業が病院、診療所に送り込む営業マンの数を競うのはこのためだ。密室で医師さえ落とせば、公的な医療保険財源でじゃんじゃん自社製品を使ってもらえるのである。しかし医療保険は国民の財産。そこで使用する医薬品は科学的、臨床的な視点で医師が選択すべきで、製薬企業が営業力にものを言わせて売り込もうとすること自体が邪道なのだ。
第二に、本来、製薬企業は病院や診療所への営業が禁じられている。かつては病院や診療所と直接価格交渉していたが、「一度卸業者に売り渡した医薬品の価格交渉に、製薬企業が関与するのはおかしい。独占禁止法で禁じられている再販売価格維持行為の可能性が高い」という理由で90年代初頭に禁止になった。それ以降、営業と価格交渉は卸が担当し、表向きは製薬企業に営業マンはいない。そのかわり、医師や薬剤師に医薬品の効能効果、副作用などの最新情報を提供するMR(Medical Repre-sentative=医薬情報担当者)という専門職種がいる。
ところが、どこの製薬企業にも営業部門がある。しかも営業部門にはMRが所属し、病院、診療所に日参して医師に自社製品をPRしている。何のことはない、MRのやっていることは他産業でいう営業マンとほとんど同じなのだ。しかも接待攻勢の凄まじさは、かつての銀行や建設業界に負けず劣らず。つい最近まで高級クラブでの饗宴、休日のゴルフ、公私にわたる便宜供与が当然だった。冒頭紹介した国内営業マンの数は、製薬各社を対象にしたMR数の調査結果だが、実態に鑑み敢えて営業マン数とした。
「製薬企業の生命線は研究開発」。業界トップは口を揃えてそう言うが、人員構成を見れば眉唾なのは一目瞭然だ。
大手製薬企業が加盟する日本製薬工業協会の調査によると、研究開発部門は全人員の20%に満たないのに、営業部門は40%を超えている。また公表データではないが、売上高に占める研究開発費の割合は大きく見積もって20%程度。それに対して営業・マーケティング費用は40%を超えるといわれている。医師や患者が待望する新薬が続々と出ていればまだしも、このところ新薬を生み出す力は明らかに鈍化している。こんな状態を平気で放置しているのだから、「製薬企業は研究開発よりセールスを重視している」と言われても仕方があるまい。
営業マンの多さは医療費適正化論議で問題になったことがある。医療用医薬品は医療保険で支払う価格(保険薬価)が決まっている。これがしばしば「高すぎる」と指摘される。その流れの一環で、こんな意見が出た。「日本の製薬企業は営業マンが多すぎる。その人件費が保険薬価に上乗せされている。営業マンを減らして保険薬価を下げるべきだ」
最近は大病院で営業マンの訪問を規制する動きが出ている。高齢化で患者が急増、日常の診療業務に追われる勤務医からすれば、しつこくつきまとって自社製品を勧める営業マンは鬱陶しいだけ。「決められた時間内にアポイントを取って来てくれ。それ以外は会わない」となった。各社の営業マンは、それでも病院への日参を止める気配はない。大病院で医薬品選択に力を持つ医師の部屋の前に行ってみるといい。何人もの営業マンが廊下にズラリと並ぶ「壮観なる風景」に出くわすだろう。
ただ、製薬企業もさすがに営業マンの数を競う「消耗戦」に疲れてきたと見える。今年4月に業界の自主基準を改正して医師への接待を事実上禁止した。こうすれば営業マンの活躍の場が減り、将来合理的な理由をかざして少しずつ数を減らすことができる。1社ではやりにくいが、業界自主基準を使えば大丈夫。「みんなで渡れば怖くない」というわけだ。しかしすでに自主基準が及ばない研究会をいくつも作って、相変わらず夜の接待で医師を籠絡しようとする抜け駆けが各社に見られる。「われわれは営業マンではない。正しい情報提供で医師の薬物治療を支援するMRである」。そんな美辞麗句は、とっくの昔に化けの皮がはがれている。