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増税・緊縮「狂気の沙汰」をさらりと喝破

『さっさと不況を終わらせろ』

2012年9月号 [BOOK Review]
by 高橋洋一(嘉悦大学教授)
『さっさと不況を終わらせろ』

さっさと不況を終わらせろ
(著者:ポール・クルーグマン/訳者:山形浩生)


出版社:早川書房(1700円+税)

本書の主張は極めて簡単だ。不況の時は、財政政策と金融政策を二つとも発動せよ、である。

これはマクロ経済学を学んだ者にとっては当たり前の話。通常の教科書モデルでも、変動相場制の国ではマンデル=フレミング効果が働いて、金融緩和の後ろ盾のない財政政策はあまり効果がない。かといって、金融緩和だけでは、痛みの出ている箇所への集中投下ができないので即効性がなく、また大きな需給ギャップを埋めるには財政政策が不可欠になってくる。

もちろん、クルーグマンはそんなことは百も承知だ。さらに「流動性の罠の下での財政出動は、クラウディングアウト(民間投資圧迫)も“後世へのツケ”も残さない」といった最新の経済学的な知見も使っている。ただ、そうした知識は表に出さないで、リーマン危機の前から米国、ユーロ圏、英国などで発生した具体的な経済状況を説明しながら、さらりと示している。

クルーグマンは本書でも金融政策の意義を強調しているが、いつも彼に批判される日銀筋からトンデモない嘘が流れることも多い。白川方明総裁はリーマン危機後の2009年の講演で「米国の有力な経済学者が日本への批判を撤回して謝罪した」と述べた。名指しではないが、クルーグマンを指すことは明らか。

筆者はプリンストン大学で個人的に彼を知っているが、あれは日本への謝罪ではなく、米国に対する自嘲である。つまり「米国の政策担当者はもっと賢いと思っていたら、日本並みにひどかった。これは日本に謝罪しなければいけない」と語っている。白川総裁はクルーグマン本人と話したことがないのだろうか。彼はユーモアたっぷりの皮肉屋だ。そんな彼の自嘲の言葉を真に受けて、「日銀こそ正しい」と言い張る姿は痛々しい。

もっとも、クルーグマンは影響力がある経済学者なので、いろいろな立場の人に都合よく使われる。財政政策を強調すると、日本では財政出動、公共投資という話になるが、クルーグマンが言っているのは、失業者対策、公的医療保険制度や地方への補助金カット、教師のレイオフをやめろ、という内容なのだ。

ノーベル賞受賞者でもあるアメリカの経済学者ジョセフ・スティグリッツも、欧州の緊縮策は「自殺」への処方箋だとしている。クルーグマンも、はっきり「狂気の沙汰」と言っている。欧州では最近、緊縮財政ヘの反省もでてきて、まともな動きが出てきたと評価できるだろう。

一方、日本は情けない。民・自・公三党合意で消費税増税法案が成立した。増税しないと日本がダメになるというが、今の日本で「さっさと不況を終わらせ」ないで緊縮財政を強行するのは「狂気の沙汰」なのである。