彼らはマアダン(葦のアラブ人)と呼ばれた。チグリス下流の丈の高い葦が密生した湿原に住み、葦を編んだ家を建て、小舟で漁業や運送を営んでいた。
14世紀に西アフリカから現在の北京まで旅したイブン・バットゥータも、1326年冬にここを通った。「大旅行記」には追い剥ぎとして登場する。
砂漠の遊牧民との落差にこの大旅行家は目をみはったが、本書の著者も1945年から5年間、ベドウィンとアラビア半島のルブ・アルハリ砂漠を横断する旅をしたあと、ここにやってくる。
「囲炉裏の火に照らされた横顔、雁の鳴き声、餌を求めて飛びこんでくる鴨、暗闇のどこかから聞こえてくる少年の歌声、列をつくって水路を移動していくカヌー、枯れた葦を燃やす煙のむこうに沈んでいく深紅の太陽」……。
投稿者 阿部重夫 - 08:00| Permanent link | トラックバック (0)

豊島園での奇妙な事件で一時蟄居を余儀なくされていた「埋蔵金男」高橋洋一氏の復活第二弾の本である。昨年はあのスキャンダルだけでなく、自転車でつまずいて足を折るなど個人的にも色々災難につきまとわれただけに、今年はとにかく無事を祈りたい。
09年11月号(10月20日発売)のFACTA編集後記で書いたように、彼の現場復帰は10月刊行の「恐慌は日本の大チャンス」(講談社)で著者名を明記したことから本格化した。豊島園の一件はそこで説明されている。警察官僚による意図的(?)なリークが、彼のライターとしての「抹殺」にならなかった証明が、これらの本だと言えよう。
投稿者 阿部重夫 - 20:00| Permanent link | トラックバック (0)
笑ってしまった。でも、声を立てずに。
先週末、12月18日の日銀政策決定会合と白川方明総裁の会見である。決定会合の結論は政策金利である無担保コール翌日物金利の0・1%目標を維持する、つまり変更なしということなのだが、「この機会をとらえ、措置の背景にある物価安定に関する日銀の考え方をより明確な言葉で表現する」として、妙なことを言い出したのである。
日銀として消費者物価指数の前年比ゼロ%以下のマイナスの値を許容しえないこと、および委員の大勢は1%程度を中心値と考えていることをより明確に表現することにした。
これが笑わずにいられようか。ちょうど同時期に本誌1月号(12月20日発売)で「白川日銀は『デフレ誘導』」という目玉記事を載せて、日銀の金融政策が06年の量的緩和、ゼロ金利政策解除以来、コアCPI(エネルギー・食品を除く消費者物価指数)で一度も「マイナス領域」を脱出していないことをグラフで立証しているからだ。
投稿者 阿部重夫 - 11:00| Permanent link | トラックバック (0)
FACTA最新号(2010年1月号、12月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は28日からです。
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彼は若かった。20年前の1990年5月、国会議事堂2階の自民党幹事長室で、初めて小沢一郎氏にインタビューした。当時の写真を見ると、今より恰幅がよく髪も多い。が、口は重く「ちょっと観念的で青っちょろいというか、自分なりの考えかたをもつというかね」という自画像を引き出すのがやっとだった。時移り世は変わり、今は民主党幹事長として同じ部屋に陣取る。門前市をなす陳情――デジャヴに襲われた。
投稿者 阿部重夫 - 12:00| Permanent link | トラックバック (0)
FACTA最新号(09年12月号)では、香港の中国人権民主化運動情報センター主席の盧四清氏が「中国『人権抑圧』にドイツ首相が痛烈な一語」を載せているが、その前段の中国軍事パレードの分析をここに別途掲載します。12月掲載の誌面ではいささか古いので、雑誌ではなくブログで載せる次第である。
読者の方はご覧になりましたか? 建国60年の盛大なパレードは見るとぞっとするせいか、日本ではあまり詳細に報道されていない。しかしインスパイアの成毛眞氏のブログ(10月2日)には、その延々と続くCCTVの中継画像がYouTubeをエンベッドする形で引用されている。
さすが読書家の成毛さん、ミリオタから歌舞伎まで相変わらずなんでも好奇心をお持ちのようで、まさにこれを見ると百聞は一見に如かずと思える。習近平国家副主席がなんで人民軍事委副主席の座を手にいれたくてならないかがよくわかるからだ。
しかし国家の夜郎自大というのはどこでも退屈なもので、壮大であればあるほど辟易してくる。中国の軍事力誇示が爪を隠しているのか、弱さの反動なのかは正直よくわからない。中国語が分かろうが分かるまいが、胡錦涛の演説は空疎だったろうと思う。
YouTubeも一本では収まらず、10分割して収録しているが、やはり成毛さんの言うピンクのミニスカ女性民兵が行進する06がハイライトのようだ(※下記の動画参照)。胡錦涛の演説よりぐんと高いのは、世界の目もミーハーなのだろう。ともかく盧さんの文章である。
投稿者 阿部重夫 - 08:00| Permanent link | トラックバック (0)
小生はめったにノウハウ本を読まない。単純に忙しくて読んでいる暇がないからだ。記者などというヤクザな稼業は、常にあたって砕けろ式の取材が要求され、究極のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)だから、それが習い性になってしまっただけのことである。
取材方法は見よう見まね、誰も教えてくれず、記事がだめなら黙ってボツ、という日々で、なぜボツかは自分で考えろと突き放された。べつに人生のノウハウ本など不要、などとエラソーなことが言えるほど、楽に生きていたわけではないから、ハウツー本嫌いなわけではない。実は手に負えない事態になったときなどは誰か「人生好転のルール」を教えてくれないかと、内心天を仰いでいたくらいである。
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FACTA最新号(2009年12月号、11月20日発行)の編集後記を掲載します。フリー・コンテンツの公開は25日からです。
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雑誌編集長はストリッパーと同じで、自分の内臓をさらして生きている。だから、この因果な稼業に明け暮れる人は「餅は餅屋」ではないが、他人の雑誌も一目見ればたちどころにその本性を見抜ける。灰色の脳細胞が明滅して「こいつは同類」と直感するのだ。中国の隔週刊誌「財経」(Caijing)の女編集長、胡舒立(フーシュリ)さんも、私にとってはそんなジャーナリストだった。
投稿者 阿部重夫 - 12:00| Permanent link | トラックバック (0)
朝日新聞の社会面連載マンガ「ののちゃん」に時々でてくる、不遇の高校生ストリート・ミュージシャン、吉川ロカが、ファド歌い(ファディシュタ)であることは、ファド好きの人たちの間ではよく知れわたっているらしい。
「ののちゃんとファド1」で紹介した知人で、ファドのCD「桜桃酒」を出したばかりの槇さんが、「LUSO」の謎解きを教えてくれたので紹介しよう。
前回引用した「謎の婆」(4272回)の3コマ目で、「ウェーン」と吉川ロカが泣き伏せる店のシャッターに「LUSO」と落書きがしてある。あれは何のこっちゃと思っていたら、槇さんが解説してくれた。
LUSOはポルトガルの地名で、鉱水がでるのか、ポルトガルのミネラルウォーターのブランドに「LUSO]があるという。また、そういう名のカーサ・デ・ファドもあるそうだ。
ふうむ、いしいひさいち、いよいよ芸が細かい。しだいに「磯野家の秘密」みたいになってきた。
その槇さん、11月12日に東京・四谷のポルトガル・レストラン「マヌエル」で行われたLIVEに行って来た。
ファドのポルトガルギターを弾ける人は日本でも数少ないが、もっともよく知られたアコースティック・デュオ「マリオネット」(ポルトガルギター湯淺隆、マンドリン吉田剛士)のLIVEである。私は雑誌の編集作業があって行けなかったが、彼女はお礼をかねて聴きに行っている。
投稿者 阿部重夫 - 09:00| Permanent link | トラックバック (0)
朝日新聞は商売柄、よく読むと言ってあげたいところだが、最近はさっと目を通すだけで、ほとんど関心の外にある。どうも中身が後ろ向きで、「新聞」というより「旧聞」といったほうがいいような気がする。
どうせ万古不易なら、いつまでも年をとらない「さざえさん」でいい。その後継者ともいうべきいしいひさいちの漫画は「タブチくん」以来のファンだが、最近は毎日読む習慣がなくなったせいで、あの大勢の登場人物が把握できなくなってきた。それが11月3日朝刊の4465回を見てはっとした。
山田家の隣のキクチ食堂でバイトしている高校生のストリート・ミュージシャンが歌う歌詞が目に飛び込んできたからだ。漫画は吉川サンが文化祭で歌おうとして、先生の服装審査を受けるシーンなのだが、その歌詞が「Ai funesta primavera」とある。ポルトガル語で「ああ、不吉な春よ」という意味だ。
投稿者 阿部重夫 - 09:00| Permanent link | トラックバック (0)
日本海沿岸県7新聞のシンジケートコラム「時代を読む」を10月31日に掲載しました。文中の落語家、桂米朝師匠はその3日後の11月3日に文化勲章を受章しましたが、ちょっと偶然です。車椅子姿でしたが、彼の高座が聞けないのがちょっと寂しい。テーマは新型(豚)インフルエンザです。仮タイトル(各紙で多少異なるかも)は、
弱身につけこむ「風邪の神」
投稿者 阿部重夫 - 10:00| Permanent link | トラックバック (0)
1948年、東京生まれ。東京大学文学部社会学科卒。73年に日本経済新聞社に記者として入社、東京社会部、整理部、金融部、証券部を経て90年から論説委員兼編集委員、95~98年に欧州総局ロンドン駐在編集委員。日経BP社に出向、「日経ベンチャー」編集長を経て退社し、ケンブリッジ大学客員研究員。 99~2003年に月刊誌「選択」編集長、05年11月にファクタ出版株式会社を設立した。
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