増資インサイダー報告と渡部の減俸で切り抜けを図るが、CEO留任はありえない。
2012年8月号 BUSINESS
インサイダー情報漏洩で記者会見した野村ホールディングスの渡部賢一CEO (左)と野村証券の永井浩二社長
AFP=Jiji
「今現在、辞任の考えはない」
公募増資にからむインサイダー情報の漏洩問題で6月29日、野村証券社長、永井浩二とともに記者会見に臨んだ野村ホールディングスCEO(最高経営責任者)渡部賢一はきっぱりと自らが身を引くことを否定した。
渡部が久しぶりに会見の場に顔をみせたのは、社外弁護士らで構成された調査委員会による増資インサイダーの内部調査結果を公表したからだ。弁護士の1人、中込秀樹は、「(機関投資家営業部の)第一部は部をあげてやっていた」としながらも、会社ぐるみの関与については否定している。
野村はいくつかの改善策とともに、社内処分に踏み切った。渡部自身が役員報酬50%削減を6カ月。グループCOO(最高執行責任者)柴田拓美も同様の報酬削減を5カ月など、処分対象は役員、社員合わせて26人に及んだ。問題の根幹であるコンプライアンス担当専務、田中浩、機関投資家営業部担当執行役員、畑田実の2人が退任。情報漏洩を起こした機関投資家営業部は廃止されることになった。
渡部がCEOになってインサイダー問題が取り沙汰されるのはこれで3回目。つまり、過去2回の教訓は生かされることなく、社内的な改革も行われていなかったことになる。その意味では当該部署の廃止、役員の退任など、今までにない厳しい処分を行ったには違いない。金融当局の顔を立てたかのようだが、これで渡部は本当に金融当局に恭順の意を示したのだろうか。
渡部の心の内が透けて見えるのは、退任するコンプライアンス担当役員の後任に永松昌一を充てたこと。永松はかつて「MOF担」(財務省担当)だった人物で、金融当局との阿吽の呼吸を心得ている。
「わざわざコンプライアンス担当にMOF担を持ってきた。つまり、これからは金融当局の言うようなコンプライアンスをやりますよ、と。自分(渡部)には分からないけど、MOF担出身の永松ならあなた方の言葉を理解しますよ、という意味なんだろう。相当な嫌味だよ」
野村証券OBの解説だが、まさにこの通りなのだろう。
金融当局との接点を持たず、霞が関の言葉もマナーも理解しようとしなかった渡部が、自分の身代わりに金融当局の意を汲み、言葉を理解する人間をコンプライアンスに置いたのだから、文句はないだろうとでも言いたげな人事ではないか。この期に及んで、こういう人事で切り抜けようとする渡部は、やはり辞任など考えていないようだ。
が、それはあくまでも野村HD内の論理であって、金融当局のそれではない。証券取引等監視委員会(日本版SEC)や金融庁が渡部にかける退陣プレッシャーは、この調査や処分後も弱まったとは言い難い。
野村のみならず、SMBC日興証券では元執行役員がインサイダー取引容疑で横浜地検に逮捕されている。大和証券でも、米ヘッジファンドの実質的子会社「ジャパン・アドバイザリー合同会社」(以下、ジャパンA)に公募増資の未公開情報を漏らしていたことが明らかとなった。
三大証券が枕を並べて討ち死にである。監視委や金融庁が最も注視しているのが、大和証券からの情報漏洩問題で監視委の勧告により課徴金を科せられたジャパンAの存在。きっかけは大和証券からの情報漏洩だったが、同社と最も密接なつながりを持っていたのが野村証券だったからだ。
金融庁では野村、大和、SMBC日興、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなど大手12社に対し、ジャパンAとの取引関係の詳細を提出するよう求めている。金融庁が異例とも言える調査に踏み切った背景には、大手証券とジャパンAのズブズブの関係がある。
野村証券でジャパンAを担当していたのは機関投資家営業第二部。中心にいた社員から監視委は何度となく聞き取り調査を行っている(本人は情報漏洩を否定)。監視委では、野村証券担当者からジャパンAの担当者に送られたメールなど詳細な資料を押収、分析を済ませ、詳細な日本株情報が野村からジャパンAに日常的に流れている実態をつかんだ。その接待、プレゼント攻勢は常識を超えている。
それだけに、29日の会見で渡部の口からなぜ機関投資家営業第二部の話が出てこなかったのか、金融庁は訝るどころか、極めて強い不快感を示している。
「社内調査をしたのなら、(機関投資家営業)第二部の話が出てこないのはおかしい。よもや、ジャパンAのことは大和(証券)の問題なんて思ってるわけじゃないよな? 野村(証券)が一番の客だったんだから」
金融当局関係者の口ぶりに野村への不信感が凝縮されている。
増資インサイダー問題に関与した証券会社が、事業法人の発行する社債の引受主幹事から相次ぎ外されている。本誌が前号でも伝えた通り、9月に再上場する日本航空の主幹事、しかもグローバル・コーディネーターでもある野村証券をどうするか、いまだに不透明なままだ。
7月3日、全日空が公募増資などで2110億円という巨額の資金調達を行うと発表したが、主幹事に野村証券が入っていたことにライバル日航の大株主である企業再生支援機構幹部が怒りをあらわにしていた。
日航名誉会長であり、いまも最高権力者である稲盛和夫は自身の出身母体「京セラ」の主幹事会社が大和証券であることから、「野村(証券)じゃなくて、大和(証券)でええやん」と漏らしているようだが、そう呑気な話では済まされない。
大和のみならず、野村の個人営業力が頼れなくなれば、日航株のはめ込み先は勢いヘッジファンドなどになり、日航株がまたヘッジファンドの餌食になることは火を見るより明らか。それを財務省がよしとするか。
しかも全日空増資発表の前日、同社株の出来高は2400万株の大商いで一時2.7%も急落。野村、ゴールドマン、JPモルガン、ドイツ銀行の4主幹事の情報漏洩がまたも疑われ、火の手が収まらない。金利不正で会長、CEOの首が飛んだ英バークレイズを横目に、野村に対する金融庁の行政処分が迫るにつれて、渡部の辞任はもはや秒読みとなってきた。(敬称略)