いま再びの「日本改造計画」

「大阪維新の会」への期待は、小沢一郎氏が唱えた「日本改造計画」の延長線上にある。

2012年4月号 POLITICS [特別寄稿]
by 中塚一宏(内閣府副大臣兼復興副大臣)

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中塚一宏

中塚一宏(なかつか・いっこう)

内閣府副大臣兼復興副大臣

1965年京都市出身(46)。京大工学部卒業。2000年小沢一郎氏が結党した自由党から衆院初当選(比例近畿ブロック)。03年神奈川12区から鞍替え当選。現在当選3回。「小沢グループ」の知恵袋である。

平成5年、今から19年前、細川連立政権成立前夜、数ある政治家本の中でも明快なビジョンと具体的な政策を掲げた嚆矢となった書籍がある。「日本改造計画」(小沢一郎著)である。

「官から民へ」「中央から地方へ」等々、ここ何年間かにわたって多くの政治家がスローガンとして使ってきた言葉は全てこの中に凝縮されている。またこの20年間近くの政界再編、政党の離合集散や、クローズアップされてきた政策にも、まさにこの本の中に記されてきたことが対立軸として常にあった。細川連立政権による政治改革、橋本内閣の財政構造改革、小渕政権の大規模経済対策(この中には多分に理念的なものが含まれている)、小泉構造改革。09年民主党による政権交代も、「日本改造計画」に盛り込まれた青写真の実現に対する、多くの期待が含まれていたことは間違いない。

統治機構変革の設計図

わが国は明治の開国以来、欧米列強に対抗するため、中央集権型の政治システムを構築してきた。官が民からおカネを吸い上げ、その使い道を決める。そして、その使い道は東京のエリートによって差配され、成長分野に重点的に投資される。これが「富国強兵」「殖産興業」政策であるが、見方を変えると「補助金行政」「護送船団行政」である。このシステムによって日本は列強入りすることとなり、さらに二度の世界大戦を経て、このシステムは強化された。敗戦を経験したものの、奇跡の復興を果たすことができたのは、このシステムが維持され続けたからこそだとも言える。

しかし、冷戦構造の崩壊やグローバル化など日本を取り巻く環境の変化によって、このシステムこそが新たな飛躍の障害となり、そればかりか弊害が目立ち、今日の閉塞感を生む元凶となっている。「日本改造計画」はまさにこのシステムを変革する設計図であり、経済・社会の構造改革を行うことによって、国民生活の充実と向上を図ることを始め、そのための政治改革など、その内容は多岐にわたる。

国民のライフスタイルの刷新にまで言及しており、「政治のユーザーサイド」である国民生活の視点で政治や社会の問題点を俯瞰することができるという意味でも画期的なのだが、ここでは政治そのものに突き付けられていた課題のうち、大きな柱「税制改革」「地方分権」「国際化・国際貢献」の三つを取り上げてみたい。いずれも統治機構の変革に関する政策課題である。

まず第一に税制改革である。税は国家の基本であり、「政治の半分は税」であると言われる。日本国憲法には国民の三大義務(勤労・教育・納税)が定められているが、滞納者には強制執行まで行われるという意味において、税はまさに国家権力そのものである。また税制は重い軽いという議論も伴うが、社会のあり方を決めるという側面も持っている。経済と密接に関わる上に、理念・哲学を内包するものなのである。

「日本改造計画」が提唱した「所得税・住民税を半分に、消費税を10パーセント程度に」は理念に基づく社会経済改革を含んでいる。可処分所得を多くし、自らその使い道を考えられるようにする。つまり国が吸い上げるカネを減らして、自分で生活の質を選べるようにすること、それが目的の一つである。

第二に地方分権である。分権改革は進んではいるものの、補助金はもちろんのこと、地方交付税制度や必置規制、補助基準などで地方の自由度はまだまだ少ない。国家公務員数を見ても、出先機関職員は本省の倍ほどの開きがあり、いかに国が地方の事務を扱っているかが分かる。

「全国を300の市に再編する」ことの目的は、分権の受け皿としての自治体機能の強化にある。平成の大合併もこの考え方に基づいて進められ、市町村数は半分強にまで減少した。合併効果による歳出削減効果ももちろん期待されるが、加えて基礎自治体の体力を高めた上で、県と市町村の二重行政、国も含めれば三重行政を解消することによって、真に自治体の自主性を尊重し、日本の国民生活と国土に多様性をもたらすこと、これこそが本来の主眼である。

閉塞感の打破を願う国民

第三にさらなる国際化・国際貢献である。世界は否応無しにグローバル化している。また保護貿易やブロック経済化が先の大戦の要因でもあり、国際化はわが国にとって避けられない課題であると同時に、先取りすべき課題でもある。国際貢献についても然りで、ややもすると誤解されがちな「日本改造計画」の「国連中心主義」だが、まずは自分の国は自分で守ることを原則に、日米同盟を基軸とし、国際標準による国際貢献を実践することで、日本が国際社会の意思決定に参画できるようになることがその最大の目的である。

いずれも、個人個人が自己決定権を持ち、自ら責任を取れる社会をつくるという意志がその背景にある。すなわち極端な「お上」依存社会から脱却することを皮切りに、窒息しそうな現在のシステムを打破して「東京から」「企業から」「長時間労働から」「年齢と性別から」「規制から」の自由を実現すること。誰もが生きがいを持って暮らせる社会、そして自立した個人の集合体として、日本の自立をも目指すのが究極の目標である。

「失われた20年」。経済は停滞を続け、財政赤字は積み上った。政治は国民のカタルシスを反映してか劇場型となる一方、国民生活の向上にはつながり得ていない。「失われた20年」とは、全ての閉塞感の源である日本型システムを漸進的に改革しようとし、しきれなかった期間ではないか。うわべは進んだように見える改革も、いずれも中途半端で課題は残されたままである。

民主党による政権交代から2年半が経過した。そして今、大阪の橋下徹市長率いる「大阪維新の会」に国民の期待が高まっている。この期待も、「日本改造計画」実現の延長線上にあるように、私には思える。「大阪維新の会」が「約束の地」へと日本を導くことになるのかどうかはまだ分からない。しかし個別政策の賛否のみを問う前に、閉塞感の打破を願う国民の声に思いを馳せ、それらの政策が必要とされる時代背景と課題に真剣に向き合う必要がある。でなければ、またもやカタルシスで終わりかねない。「日本改造計画」は色褪せてはいない。

   

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