「福岡の大富豪」松本環境相の泣き所
家業の地元ゼネコン「松本組」のトップに逮捕歴のある元談合の仕切り屋。コンプライアンスはどうなっているのか。
2011年4月号
「鳩山兄弟」と並ぶ大富豪、松本環境相
Jiji Press
昨年10月末の菅改造内閣の閣僚の資産公開で、松本龍環境相(59)の富豪ぶりが際立った。総資産7億6074万円。そのほとんどが自ら所有する不動産で7億3119万円にのぼる。しかも、福岡県庁や福岡空港の周辺地ばかり。「所有地は5ヘクタールを超える福岡の大地主」と地元政界関係者は言う。閣僚の中で総資産が1億円を超えたのは松本氏だけだった。
松本氏は福岡県選出の衆院議員(当選7回)。中央大法学部卒業後、父で参院議員(社会党)の松本英一氏の秘書を務め、1990年に社会党から出馬し、初当選。96年に社民党を離脱し、民主党結党に参加。典型的な世襲議員である松本氏に「巨富」をもたらしたのは、「部落解放の父」と呼ばれた祖父・松本治一郎氏だった。治一郎氏には子どもがなかったため、甥の英一氏を養子に迎えた。その長男が龍氏である。
1887年に福岡市内で生まれた治一郎氏は、全国水平社、部落解放同盟を率いた立志伝中の人物。戦前、戦後に衆参両院議員を務め、初代参院副議長の栄誉にも浴した。
治一郎氏は実業の才に長け、1911年に福岡市内で土建業を創業。「九州きっての暴れん坊」を抱え、荒っぽい土建屋として名を馳せる。それが、後述する「松本組」のルーツである。
地元で有名な「談合企業」
土建業の傍ら国会議員として活躍する治一郎氏は、太平洋戦争末期に旧陸軍の飛行場(現在の福岡空港)建設計画をいち早く察知し、周辺の土地を買い集めた。それが、一族に継承された。
国が管理する空港の多くが赤字であることはよく知られているが、なかでも年間1800万人もの乗降客がありながら、巨額の赤字(06年度、67億900万円)を垂れ流しているのが福岡空港だ。原因は年間80億円を超える土地賃貸料。福岡空港は敷地の32%が私有地なので、国が地権者から土地を借り上げ、空港を運営しているためだ。
米軍からの基地返還が実現し、国が管理する「第2種空港」になった72年から35年間に、福岡空港が払った賃貸料は1600億円を超える。また、都市中心部に近い福岡空港には騒音対策などの名目で莫大な「空港環境対策費」が投ぜられてきた。「賃貸料と空港環境対策費を合わせると5千億円近い税金が使われてきた」(地元政界関係者)という。
先の環境相の資産公開では福岡市内の土地、建物が20件を超え、特に福岡空港周辺の土地が多い。つまり、環境相は、赤字を垂れ流す福岡空港の恩恵に浴する大地主なのだ。
鳩山由紀夫・邦夫兄弟の資金源が、ブリヂストンを創業した石橋家の資産であるように、環境相にも祖父の代から受け継いだ地元ゼネコン「松本組」というカネのなる木があった。部落解放運動のカリスマで、地元政界のドンとなった治一郎氏が率いる松本組の勇名は轟き、いつしか福岡市内の公共事業を一手に仕切るようになる。
66年に治一郎氏が亡くなると英一氏が社長となり、94年以降は環境相の弟、松本優三氏(53)が社長を引き継ぐ。環境相は現在、松本組の筆頭株主(31%)。松本一族が7割の株式を支配する。15%の株式を持つ優三氏が「株主総会は家族会議です」と語るように、松本組は兄弟の「家業」である。環境相は大学卒業後、松本組に入社。大臣になるまで松本組の「顧問」を務めていた。
松本組が見過ごせないのは、地元で有名な「談合企業」だからだ。2000年秋、福岡を揺るがす談合事件が勃発。市が発注した公共事業をめぐり、捜査当局から事情聴取を受けていた飛島建設の常務と地元ゼネコン河本建設の常務が相次いで自殺した。優三社長の自宅には銃弾が撃ち込まれ、直後に松本組の副社長(当時)、曽我部眞一氏が談合容疑で逮捕された。「曽我部さんは治一郎氏の代から談合の仕切り屋で、福岡市・県や道路公社と癒着し、『神の声』と呼ばれた。松本組に頭を下げなければ福岡の公共事業は受注できなかった」と地元業者は振り返る。
松本組は福岡市・県から長期の入札指名停止処分を受け、市に5千万円を超える談合賠償金を支払った。松本組を解雇された曽我部氏は、02年に有罪判決が確定した(談合罪で懲役10カ月執行猶予3年)。
ところが、驚くなかれ。曽我部氏は05年に松本組の取締役会長に堂々と復帰したのだ。筆者は多くの談合事件を取材してきたが、逮捕された談合の仕切り屋が、執行猶予が明けた途端に役員に返り咲いた例を他に知らない。しかも、曽我部氏の場合、副社長から会長への栄達だ。世の中を舐めているとしか思えない。
なぜ、表舞台に登場したのか
環境相は大臣就任に際し、「政業分離」を明確にするため、松本組の顧問を離れたが、「家業」のコンプライアンス(法令順守)はどうなっているのか。曽我部氏を復帰させた経緯について取材を申し込んだところ、大臣に代わって弟の優三社長が取材に応じてくれた。
「曽我部は、当社の技術的リーダーで、原価管理にも通じている。兄は経営にタッチしていない。会長への起用は、私の判断。兄は不服だったと思う。批判は甘んじて受けるが、営業からは切り離している。非常識だと言われても、曽我部は78歳になっており、祖父の代から60年も務めた功労者。むごいことはできない」
松本組は環境相にとって家業であり、「会長人事」にノータッチとは考えにくい。それにしても、談合罪で逮捕された人物を会長に起用して、公共事業の受注に支障はないのか。
曽我部氏を知る業界関係者は「あの事件後、松本組はパワーがなくなった。談合はできなくなり、公共工事の件数も減った。曽我部さんの復帰は西日本鉄道などの民間受注対策。『お公家さん』のような兄弟ではやっていけない。曽我部さんがいないと潰れてしまう」と言う。
「ピーク時は200億円あった売上高が半分以下になっている」と優三社長が語るように、松本組の経営は苦しい。調査機関のデータによれば、曽我部氏が復帰した05年6月期の売上高は115億円で1億円の赤字。08年6月期は売上高137億円まで回復したが、リーマン・ショック後の09年6月期は売上高が69億円に激減し、23億円の赤字になった。10年6月期も赤字決算。今期も赤字の見通しだ。曽我部氏を会長に起用しても、業績回復のめどが立たない苦境に立たされている。
政権交代を果たした民主党は「コンクリートから人へ」をマニフェストに掲げ、公共事業予算を大幅に削減した。民主党主流派は「自民党政権は建設業界と癒着し、地元に公共事業をばら撒き、土建屋を集票マシーンにしてきた」と攻撃してきた。
福岡の大富豪にして、地元の最大手ゼネコンを「家業」とする環境相は、民主党の理念からかけ離れた政治家である。もとは社会党の出身だが、実は自民党以上に守旧の土着利権にしがみついている。
龍氏が環境相に起用された時、少なからぬ民主党議員が「表舞台に出ようとしなかった龍さんが、なぜ」と訝った。「家業」のコンプライアンスはどうなっているのか。環境相の泣き所を、国会で追及する野党議員は現れないのだろうか。