米経済紙に「Qちゃん」と皮肉られても気づかないトンチンカン総裁に、日銀議連から40兆円のビーンボール。
2011年4月号
BUSINESS
by 高橋洋一(嘉悦大学教授・政策工房会長)
6月にも国庫が苦しくなって、行政の末端に支障が出てくる――菅直人首相ら民主党執行部が脅しをかけている。3月1日に2011年度予算案は衆議院を通過、予算関連法案を分離して参議院に送付された。予算関連法案は関税定率法案や地方交付税法案などは野党の賛成も得られるだろうが、40兆円の赤字国債を発行する特例公債法案や子ども手当法案は今のままでは無理とみられ、政府の資金繰りがつかなくなるという。
実は政府が必死で何とかすれば何とかなる。例えば予算執行面で定率繰り入れを停止するとか、独立行政法人などへの交付金・補助金も停止し、各法人の起債などや財投計画の弾力条項発動による財投債発行などで、30兆円程度は浮かせられる可能性がある。年内はやり繰りが可能なので、予算関連法案を通すためのブラフと言われてもしかたがない。
もっと罪深いのは国庫のスッテンテンを他人事で見ている日銀である。ノーベル経済学賞を受賞した「マンデル・フレミング理論」では、通貨の変動相場制のもとでは金利が自由化されているので、マクロ経済政策は金融政策のほうが財政政策より効果がある。政治空白でも中央銀行がしっかりしていれば問題は少ないのだが、日銀は意地を張っている。
本誌前号(「『デフレの正体』信じる愚劣」)で、白川方明日銀総裁の2月7日の講演は、デフレ克服を無理と断定した日銀の責任逃れと論じたら、多くの反響があった。
前号では書けなかったが、財政に関する白川総裁の発言には、統計分析の初歩的な誤りがある。財政の歳入は物価とは関連がなく、実質GDP(国内総生産)との関連が大きいと言っている点だ。多少はインフレになっても、実質GDPが伸びない限り歳入増はなく、財政再建は望めないと言いたいのだろう。
だが、これは間違いである。財政の歳入は名目GDPが増えるほど増える。名目GDPは経済活動を表し、それに応じて税収があるので、名目GDPが伸びるほど税収は伸びる。税の累進構造があるので、名目GDPの伸び率以上に税収の伸び率は大きくなる。名目GDPは実質GDPと物価(GDPデフレーター)に分解できるが、日銀はここ15年間ほど「デフレ目標」と言われてもしかたのない引き締め基調の金融政策を続け、物価(GDPデフレーター)を▲1.5%~▲1%程度にみごとに固定してきた。その場合、名目GDPは実質GDPと統計上「正の相関」が高くなり、GDPデフレーターとの相関は失われる。だから、歳入と実質GDPの相関が高く、歳入と物価(GDPデフレーター)の相関はないように見えるのだ。
これは日銀自らデフレをもたらしておいて、歳入と物価の相関を見かけ上なくしているにすぎない。日銀が「インフレ目標」に転換して、物価上昇率が2%程度に上がったらどうなるか。日本の実質GDP成長率は2%程度だから、名目成長率は4%以上になり、税の増収で「増税なき財政再建」ができてしまう。これは増税をもくろむ財務省にとっては不都合な事実だろう(図Ⅰ参照)。
3月1日、米経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に「『日本のバーナンキ』が巻き返す」という白川総裁のインタビュー記事が載った。そこでも総裁は、マネーでインフレ率は決まるという故ミルトン ・フリードマンの命題を「データで否定された」と豪語している。
だが、WSJがそれを真に受けなかった証拠に、日本が十分な金融緩和をせず、ベースマネーを出していないことを示す日銀とFRBのバランスシートのグラフ(本誌前号記事のグラフと同種)を載せている。マネーを出してデフレを避けた米国と、マネーを出さずにデフレの日本を、意図的に対照させているのだ。
白川総裁は本誌が再三行った緩和渋チン批判に「日銀の保有資産は対GDP比でFRBを上回り、世界のフロントランナー」と反論している。日銀がそれを金科玉条のように繰り返すのでWSJの記者が私にコメントを求めてきたから、こう答えた。
「中央銀行のバランスシートのGDP比という〈水準〉については、日本は現金社会なので米国より高いのは当たり前。〈水準〉はこれまでの結果でしかなく、バランスシートのGDP比がどう〈変化〉するかが重要だ。日銀の主張は〈水準〉と〈変化〉をすり替える詭弁だ」
ちなみにWSJが載せた日銀とFRBのマネタリーベースを対GDP比に直したのが図Ⅱである。〈水準〉と〈変化〉の詭弁がよく分かるだろう。
日経など国内の「親日銀」メディアは、どこもWSJ記事を転載しなかった。日銀および白川総裁を小馬鹿にした表現があり、明らかに日銀の海外広報は失敗しているからだ。
笑えるのは文末のオチだろう。WSJ日本版では「総裁は休む間もなく走り続けるところが似ているのか、行内ではひそかに『Qちゃん』(マラソンの高橋尚子選手の愛称)と呼ばれている」とあり、総裁は「日銀もいわば非伝統的政策を推し進めるフロントランナー」とトンチンカンに答えている。原文はrunning back-to-back marathonsとforerunner。backとforeの対句や表題の「日本のバーナンキ」で白川総裁は思い切り皮肉られているのだ。
しかも、政局のテーマに「日銀」が浮上してきた。民主党小沢系議員を中心に日銀法改正を旗印とした「日銀議連」(日銀のあり方を考える議員連盟)が発足し、山岡賢次民主党副代表らが、国債の日銀直接引き受けを検討課題にしている。
日銀直接引き受けは「国債の安易な増発を招いてハイパーインフレをもたらす」と言われるが、昭和恐慌時に高橋是清蔵相が踏み切り、世界でもいち早く不況を脱出できた。デフレの今ならインフレ目標と組み合わせると、ほどよい刺激になるだろう。日銀は満期国債の借換債引き受け以外は大反対で、長期国債の日銀引き受けを禁じる財政法5条を盾にしている。だが、この条文には、特別の事由がある場合は国会の議決の範囲内で日銀の直接引き受けを認める但し書きがついている。
実は来年度予算でも、予算総則に記されていることは案外知られていない。日銀保有国債分について「財政法第5条但し書きの規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる」と書かれているのだ。政策論としては国会の議決で特例公債法分の日銀引き受けが可能であり、議決案に40兆円と書き込んで国会を通せば、特例公債法案が宙に浮いて「国庫スッテンテン」という事態もたちどころに回避できる。
本稿脱稿後、宮城沖で巨大地震が起きた。被災地復興のため与野党で補正予算の議論が出ているが、その財源として10兆円程度は必要になろう。うかつに国債を発行すると、地震リスクを理由に国債売りのアタックがあるかもしれない。その予防と金融緩和のためにも、復興国債を日銀に直接引き受けさせるのがいい。財源を増税で賄うなどは論外だ。