トルコ・バス事故訴訟が暴く海外ツアーの危ない実態
2009年10月号 [ビジネス・インサイド]
06年にトルコで発生したバス事故をご記憶だろうか。トルコ周遊ツアーに参加した邦人24人が巻き込まれ、死者1人、負傷者23人の大惨事。被害者のうち8人がツアーを企画・募集した大手旅行会社エイチ・アイ・エスを相手取り、総額1億2200万円あまりの損害賠償請求訴訟を起こし、8月31日にその第1回口頭弁論が開かれた。
訴状によれば事故は06年10月17日の夜に発生した。土砂降りの中、ツアーバスがスリップを起こし、中央分離帯を乗り越えて反対車線に突っ込み横転。トルコ人の運転手が起訴され、有罪判決を受けた。運転手を手配したのは現地の旅行会社で、事故車両のバスは運転手の妻の所有だった。
こうした海外パックツアーのバス事故で、企画・募集した日本の旅行会社への責任追及はきわめて難しい。現地のツアーバスの運行などは、業務を請けた現地の旅行会社から、さらにローカルな会社に委託され、そこから再委託されるケースが少なくないからだ。今回のケースでもエイチ・アイ・エスは、事故を起こした運転手はもとより、運転手を手配した会社とも契約関係がなかった。後遺症に苦しむ被害者が損害賠償の請求をしても、同種の事故で、ツアーを企画・募集した旅行会社の責任を、裁判所が認めた例は見当たらない。
しかし、原告側弁護団の大村恵実弁護士は「今回は旅行を企画・募集したエイチ・アイ・エスに過失があり、これまでの裁判とは異なる」と言う。提訴にあたり、弁護団はトルコに赴き、事故当日と同じ行程を走行するなど現地調査を行った。その訴状では、エイチ・アイ・エスは①安全な旅行行程を設定する義務、②安全な運送機関を選定すべき義務、③添乗員が旅行者の安全を確保するために適切な指示をする義務を怠ったと指摘。企画旅行契約上の「安全確保義務」に違反し、本件事故を引き起こしたと結論づけている。
実際、弁護団の現地調査に基づく訴状から、旅行行程の危うさが浮かび上がる。まず、エイチ・アイ・エスは「安心の添乗員同行の旅」と銘打っていながら、企画段階で現地調査を行っていなかったようだ。事故当日の予定走行距離は東京~大阪間に相当する625キロを、運転手1人で9時間以上も走行させる強行軍だった。事故を起こした車両は旅客運送の免許がなく、定期点検を受けた証拠もない。シートベルトは使用不能だった。強雨の中の、ときに時速100キロを超えるスピード違反にもかかわらず、添乗員は運転手に注意を呼びかけなかった……。
価格競争が激しい海外ツアーでは詰め込み観光でお得感を競い、コストダウンを図るため、手配業務を現地の中小旅行業者に下請け、孫請けに出す丸投げが常態化している。しわよせはツアーの現場にくる。そんな危ない実態を暴く、注目の裁判といえよう。