2009年7月号 BUSINESS [ビジネス・インサイド]
北九州空港を本拠に「日本の空を変える」意気込みでスタートした新規航空会社スターフライヤー。しかし、開業以来の赤字続きで、株式公開が3年先送りとなったため、創業社長と常務が詰め腹を切らされた。4割の株を握る投資ファンド群が指名した新社長は三井物産OBで航空会社経営の素人。これを機に、代表権を持つ経営企画部長にOBを就任させる全日空(ANA)が、遠からず経営権を奪いそうだ。
6月1日。北九州市の本社で開かれた臨時取締役会で創業社長の堀高明(60)と常務の武藤康史(55)の退任(顧問就任)が決まった。堀は「3年連続赤字で、当初08年度としてきた株式上場も11年度に先送りとなった。その責任を明確にする」と述べた。
堀は旧日本エアシステム(JAS)で技術者として活躍した後、脱サラ。大手の寡占で閉塞する日本の空に「新しい航空会社を」と訴え、ANAの武藤を誘い二人三脚でスター社を設立した。武藤は全日空から米ハーバード大に社費留学した企画畑のエリート。ANAの国際線進出を支えた幹部候補だったが、大企業病のANAに失望して退社。2人の呼びかけで日本航空(JAL)、ANA、JASなどを飛び出した“脱藩士”たちが会社を立ち上げた。
搭乗率は悪くない。主力の北九州-羽田線(一日11往復)は実質初年度の06年度こそ知名度不足から57%と低迷したが、ANAが座席の25%を予め買い取る共同運航(コードシェア)を始めた07年度以降は73%と、採算ラインの70%を突破。07年9月から就航した関空-羽田線(一日4往復)も07年度77%、08年度69%と健闘していた。しかし、航空会社の勘所は「搭乗率×販売単価×席数」。ANAとの共同運航により搭乗率は上昇したが、運賃はもともと大手より2割ほど安いうえ、座席の買い取り保証をするANAに買い叩かれ、販売単価は下落した。おまけに席数も少ない。「上質なサービス」にこだわり、全席エコノミーなのにJALの「クラスJ」並みに座席間隔を広げた結果、通常は170席設置できるエアバスA320が144席のみ。15%もの機会損失だ。
その分、経費を切り詰めるのが経営だが、ある関係者は「工夫がなかった」と語る。例えば、原油高騰に対しては「先物予約によるヘッジが不十分だった」。「新規航空会社の最大のアキレス腱」(西久保愼一スカイマーク社長)である資金調達についても「プロがいなかった」。苦し紛れに初便就航前後に14回も第三者割当増資を連発。最初は地元企業や個人が応じたが、途中から脱落。結局、配当と上場益狙いの投資ファンドが主体になっていった。その結果、「地域活性化の起爆剤だから」と堀・武藤コンビを支持する地元株主より、短期の資金回収を求める投資ファンドの意向が優先した。
最たるものが10%を握る筆頭株主、米ドールキャピタルマネジメント。5月の連休前に堀・武藤更迭を決め、スター株0.83%を保有する投資ファンド「サイモン・マレー&カンパニー・ジャパン」の副会長、米原慎一(58)に社長就任を要請したのはドールだった。米原は三井物産で航空機の輸入販売を手がけ「自家用ジェットの免許を持ち航空業界に詳しい」と自負するが、淘汰の嵐が吹く航空会社の「操縦」は容易ではない。関係筋は「米原氏はファンドの意向を受け、11年の上場実現に向け資金繰りを担当する金庫番」と見る。とすれば、誰が実質的に会社を仕切るのか。6月23日の株主総会後に代表取締役経営企画部長に就任する雑賀誠一(61)である。雑賀はANAの経営企画室出身で、経営破綻した新規航空会社エア・ドゥ(札幌市)に専務として出向した経験がある。
07年にスター社に1%資本参加し、翌08年に雑賀を取締役に送り込み、遂に代表権を手中にするANAは熟柿作戦だ。スター社は黒字転換をめざして、幹線の福岡│羽田線への就航、韓国・アシアナ航空系新規航空会社「エア釜山」との共同運航による釜山│関空│羽田線進出を目論む。それには新たな航空機調達など膨大な資金を要する。増資にせよ、融資にせよ、引き受け手が必要だ。しかし、「地元の負担はもはや限界」(企業経営者)。投資ファンドは資金回収を優先する。スター社の経営が行き詰まり、地元経済界や自治体から救済を懇請された時こそ絶好のチャンス。「ANAが資本注入を行い、しかるべき経営者を送り込む」と、関係者は先を読む。エア・ドゥ、スカイネットアジア航空(宮崎市)に続き、極小のコストでスター社を傘下に収める日が近づいている。(敬称略)