金融庁が「貧乏人はキャベツを食え」

貸金業に総量規制が導入されたら何が起こるか。政府の有識者会議でさえ危惧している。

2009年6月号 BUSINESS

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3月末から4月初めにかけて日本貸金業協会が、スポーツ紙を含む全国の新聞56紙に「(貸金業法改正により)お借入れのルールが変わります」と題する広告を大々的に打った。

来年6月までに消費者金融、クレジットカード・信販会社などからの借入総額が年収の3分の1までに制限される(総量規制)ため注意を促したのだ。「一つの業者からの利用限度額が50万円を超える場合、または他社分も含めた総借入残高が100万円を超える場合は、源泉徴収票・給与明細書・確定申告書などの書面提出が必要」、「専業主婦(夫)は配偶者の同意書・住民票などの提出が必要」、さらに「借入額が年収等の3分の1以下になるまで返済だけの取引になる」などと説明しているが、どれだけ伝わったか。疑問だ。

背景には、経済環境の悪化と信用収縮が進む中で、信用力の低い層の借入額を一律に制限する総量規制への危惧がある。3月末にNTTデータ経営研究所が公表した調査によれば、消費者金融の利用者のうち44%が総量規制に抵触する見込みと回答し、貸金業法改正の認知率は一般消費者で約2割、借入利用者に限っても約4割にとどまっている。ノンバンクから借り入れのある顧客総数は約2千万人。その4割の約800万人が規制に引っかかる。彼らは新たな借り入れができず、返済のみを迫られる可能性がある。しかも、制度変更を知っているのは2割にすぎない。このままでは、ある日突然、おカネが借りられなくなって途方に暮れる人が街に溢れるやも知れぬ。

「貸しはがし競争」の懸念

2月に開催された政府の多重債務者対策本部有識者会議では、総量規制の導入と同時に「貸しはがし競争が起こる」(野村修也委員=中央大教授)、「非常に困った事態になるリスクが高い」(池尾和人委員=慶応大教授)との指摘が相次ぎ、政府・与党内にも資金繰りが悪化した中小・個人事業者への資金供与の円滑化を求める声が強まっている。

貸金業界には、この動きを「法改正の見直し機運」と期待する向きもあるが、金融庁には来年6月の法施行期限を見直す考えはなく、総量規制の「劇薬」を投ずる構えである。

しかし、「劇薬」を撒くまでもなく、サラ金は貸すに貸せない窮状に追い込まれている。倒産・廃業が続出し、大手も莫大な赤字決算に喘いでいる。昨年12月のアイフルの成約率はわずか7%。つまり100人の申し込みに7人しか貸せなかったのだ。金融危機の最中、自らの資金繰り不安から融資を絞ったためだ。現在、消費者金融大手4社の平均成約率は30%そこそこ。数年前は60%を超えていた。融資を断られた大多数がどこへ行ったか、どんな金策があったのか知る由もない。このうえ総量規制によって源泉徴収票などを提出しなければ借りられなくなると、利用者はどうなるのか。返済のみを迫られる顧客の破産懸念から「貸しはがし競争」が起こるのは目に見えている。

金融庁の前総務企画局信用制度参事官、大森泰人氏と言えばおわかりのとおり、貸金業法改正の立役者となった、東大法学部卒の旧大蔵省キャリアだ。業界の秩序を無視した辣腕ぶりで知られるが、筋の通った有能さは政官界でも一目置かれている。

そんな大森氏が、『理解されないビジネスモデル 消費者金融』(時事通信社刊)の中でインタビューに応え、安易に借金をする世相を批判して「夫が失業して貯金がないなら、妻は自動契約機に向かうのではなく、しばらくおかずはキャベツだけにすればいい」などと発言している。悪気はなかろうが、行政官としてのセンスを疑わざるを得ない。

役所は民間企業と違って潰れないし、役人は失業することもない。社会保険庁のごとき役所でさえ、そこで胡坐をかいて生きてゆける。旧大蔵省キャリアともなれば、別格の天下りポストが約束され、民間のさまざまな資金繰りとは無縁の「安全地帯」で人生を送っているのだ。

そもそもタックスペイヤーの国民が生活に困窮したからと言って、役人から「おかずはキャベツ」と指導されるいわれはない。「貸しはがし」にさらされる人たちや、倒産・廃業から発生する失業を思いやることなく、自らの法改正を誇り「貧乏人はキャベツを食え」と言わんばかりの言動は驕りではないか。

大森氏は同書の中で「借り手が多重債務に陥らないためには貸し手の貸し方はどうあるべきかという観点のみを考え、その結果、貸し手の経営がどうなるかとか考えない」とも述べているが、これもバランス感覚を疑わせる。貸金業界では今、信じ難い事態が起こっている。「業界地図がどう変わるか考えもしない」と公言する大森氏だが、後は野となれ山となれでは無責任である。

一例を挙げれば、消費者金融大手が、ついに子会社の「投げ売り」を始めた。三井住友フィナンシャルグループ傘下のプロミスは、将来の利息返還請求について買い主が責任を負うことを条件に子会社のタンポート、サンライフ、セシールクレジットサービスを各1円で売却した。

これらの子会社は、かつてプロミスが描いた金利フルライン戦略の下で、ハイリスク客を取り込むための受け皿として買収したものだ。出資法の上限である29.2%の金利での営業を彼らに担わせ、プロミス自身は25%程度のミドルリスクを押さえる。そしてもともと銀行系のアットローンが18%のローリスクの顧客向けに営業展開していた。

しかし、貸金業法改正により上限金利が下がったためハイリスクを扱う子会社の存在意義は喪失した。さらに過払い金の請求が多発し、これらの子会社は「お荷物」になってしまった。そこでプロミスは、子会社の優良顧客には借り換えをさせ、残ったハイリスクの客は回収方針とし、子会社自体は廃業する予定だった。

究極のハイエナ業者が台頭

そんなお荷物をタダ同然で引き受けたのがネオラインキャピタル。聞きなれない名前だが、もとをたどればあのホリエモンが率いたライブドアの金融部門、ライブドアクレジットが母体だ。そのライブドアクレジットが2007年にかざかファイナンスとなり、藤澤信義氏が社長に就任した。藤澤氏は東大医学部卒という異色の経歴の持ち主で、アミューズメント業界を経て不動産担保ローン会社に転じ、05年にライブドアクレジットの代表となった。

藤澤氏は東証1部上場で破綻した消費者金融のクレディアのスポンサーに名乗りを上げ、昨年3月には大証2部上場の不動産担保ローン会社のイッコーにTOBを仕掛け、個人で7億円を投じて傘下に収めている。その後、ネオラインキャピタルに社名を変えてからも、過払い金が払えなくなった三和ファイナンスを買収するなどサラ金、ノンバンクが壊滅する中で、華々しく活躍している。

しかし、過払い請求が多発する中小業者を買収しても、どうやって儲けるのか。「タダ同然で買い取ったサラ金の債権から1円でも多く資金回収する一方で、過払い金の請求は逃げ回るという、我々には真似のできない究極のハイエナビジネス」と、銀行系消費者金融の役員は言う。

こうした資金回収と過払い請求逃れのノウハウに長けたハイエナ業者が、総量規制の導入前後にサラ金の債権を買い漁り、「貸しはがし」の猛威を振るう可能性がある。

少なくとも消費者金融大手の成約率が30%前後の状況で総量規制を導入すれば、信用収縮が加速するだけである。貸金業法改正には最終施行前の「見直し条項」という、前代未聞の条文が盛り込まれている。総量規制の導入で何が起こるか、慎重な検討と対策が必要だ。

   

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