次世代通信網の「奸計」 プロバイダーが怒号の嵐
NTTから寝耳に水の第4案。NECは裏切りの秋波を送る。ネット接続を牛耳りたい旧電電ファミリーの野望むきだし。
2009年3月号
会場全体が怒りに打ち震えていた。怒号が飛び交い、失望感が交錯する。力を背景にした巨大資本の“暴挙”に猛烈な不満が噴きあがる――。
2月6日、全国から集まった百数十人のインターネット接続事業者(ISPまたはプロバイダー)向けに、「IPv6インターネット接続サービス提供方式案等に関する事業者向け説明会」が新宿のホテルで開かれた。主催はNTT東西地域会社と日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)。NTT東西の担当者が、集まったISP関係者に次世代通信網(NGN)について説明する形だったが、終盤の質疑応答で会場が荒れに荒れたのである。
本誌08年11月号(「NGNがプロバイダーを滅ぼす」)で報じたように、ネット利用者の背番号にあたるIPアドレスが現行のIPv4では近く枯渇するため、NTTはNGNで新バージョンのIPv6を採用するとしている。しかし、NGNの本格運用が開始されると、ISPの存在意義そのものが問われ、現状のビジネスが危機的な状況に陥る。
座して死を待つわけにいかないISPは、JAIPAを窓口としてNTT東西と、NGNとの共存方法を模索する協議を08年4月から続けている。ポイントは、①接続形態、②接続用設備の改造などにかかわる費用負担の額とそのあり方。当初、3案が検討され、二つのIPアドレスを使い分けるホームゲートウェイを開発する「案2」のトンネル方式に落ち着きかけた。「案2」なら現状の接続方法に近い形態になるため、ISP側も従来のビジネスモデルを堅守することができると思われた。
「聞いてね~」の大合唱
ところが、協議が進むにつれ、ネット接続を牛耳りたいNTT東西の“奸計”が見え隠れし始めた。驚いたことにNTT東西が新たに「案4」を持ち出してきたのだ。仰天したISP側は「聞いてね~」の大合唱となる。
「案4」では各ISPがNGNと直に接続できず、3社に限定された「代表ISP」と呼ばれる事業者を経由して接続することになる。早い話がISPの寡占化を推し進めようという魂胆が見え見え。NTT東西は、「案4」方式であっても代表ISPに接続することで、従来のISPはこれまでと同様のビジネスを展開できるとするが、本当だろうか。
「案4」の場合、通信パケットはユーザー→NGN→代表ISP→インターネットと流れ、従来のISPはユーザー管理やサポートを提供するだけの存在になる。ネットワーク運用におけるISPの個性や独自性などが完全に失われ、ネット最大の特徴であり発展の原動力だった自律・分散・協調の原理が失われかねない。
ただ、ISP側も一枚岩ではない弱みがある。実は、「案4」をNTT東西に持ちかけたのは、NEC系のISP「ビッグローブ」やNTTコミュニケーションズなど大手ISP幹部だという。三つしか席が用意されていない代表ISPの座を、旧電電ファミリーとNTTのグループ企業で独占してしまう格好になる。
「業績悪化で明日をも知れぬNECは、NTTと一蓮托生、NGN成功のためならビッグローブを廃業してもかまわないと思っている」と業界関係者も“プロバイダーの裏切り者”に猜疑の目を向ける。
しかし、なぜ3社限定なのか。「たくさんのISPを接続すると処理が重くなる」(NTT担当者)というのがその理由だが、はじめに3社という数字ありきの案と疑われてもしかたない。それだけに、寝耳に水の「案4」にISP関係者の怒りが爆発したのも当然であろう。
そもそも「案2」の段階からISP側は不満を募らせていた。NGNとISPのネットワークを接続する際に発生する設備改造費用120億円(年額24億円で5年償却)の全額負担をNTT東西が求めてきたからだ。負担増はユーザー料金に転嫁される。
ある関係者は「明細が開示されないので正当なコストかどうか判断できない」と憤懣やるかたない様子。当初、次世代の電話網として総務省から認可された閉域網であるはずのNGNをいつの間にかネット接続のラストワンマイルに趣旨替えし「接続させてやるから金を出せ、という理不尽さに我慢がならない」とあるISP関係者は吐き捨てる。
ボタンの掛け違いは、総務省が安易にNGNを認可したところから始まった。「ネット接続がIPv6に移行したら、NGNとISPの間でマルチプレフィックス問題(アドレスの衝突現象)が起きるのは3~4年前にわかっていたこと」(立石聡明JAIPA副会長)。にもかかわらず「NGNはネット接続にあらず」というNTTの言葉を鵜呑みにして認可した総務省の責任は重い。
07年に労務畑の三浦惺氏がNTT持ち株会社社長に就任した際、「NGNってインターネットに接続できないの?」と驚いたというのは業界で有名な話。それをきっかけに方向転換を図ったのだろうか。
敢えて名は記さないが、NGNを強く推進する総務省の若手官僚がいる。役人にしては珍しく、ネットワーク技術に詳しいことで知られている。彼は「日本に理想的なネットワークを張り巡らせたいと思っている」(関係者)。IPv6を実装したNGN一本で、電話もネット接続も提供することこそ、ネットワークの完成形と信じている。裏返すと、全国に800社以上のISPがひしめく現状は非効率で許し難いと映るのか、ISP関係者からは「NTTの回し者」と陰口をたたかれる。
ただ、さすがにNGN一本化に突っ走るのは非現実的。そのためか、この若手官僚が「大手ISP幹部に案4を焚きつけてNTT東西に提案させた」と関係者は言う。
政権交代でNTTが有利に
結局、「案2」を軸にして調整が進んできたこの問題も「案4」の登場で振り出しに戻った感がある。1~2年後に迫ったIPv4枯渇対策に支障はないのかと心配になるが、ISP関係者は意外にのんびりとしている。マルチプレフィックス問題に無関心だったITU(国際電気通信連合)が、解決策を盛り込んだ技術の策定に本腰を入れ始めたからだ。「規格が正式化されると、対応するネットワーク機器が各社から発売され、あっさり解決する可能性もある」(立石氏)という。また、大きなブロックの埋蔵IPv4アドレスが発掘され「枯渇が1~2年延びた」(ISP関係者)とも言われている。
関係者の間には、NTTのあり方を見直す再々編議論の行く末が見えないうちは「ジタバタしてもしょうがない」といった空気もある。総選挙で政権交代が実現すれば、民主党の支持基盤であるNTT労組が勢力を拡大し、NTTとタッグを組んで「竹中平蔵総務相(当時)が道筋をつけたNTT再々編は当時の政権与党が決めたこと」として反故にする可能性もある。そうなると、パワーバランスがNTTには有利に働く。NTTの社運をかけた次世代通信網は、通信業界のみならず、霞が関や政界の思惑にも弄ばれながら、まだまだダッチロールを続けそうだ。