闇社会の餌食「高円寺純情支店」
三井住友、三菱UFJなどがなぜ易々と騙されたか。K−1戦士のタニマチ実業家の背後。
2008年6月号
東京・杉並区高円寺。その名を世に高からしめたのは、詩人ねじめ正一が書いた小説『高円寺純情商店街』だろう。1989年の直木賞受賞作だが、地元出身のねじめが描く高円寺は、当時のバブル真っ盛りとは対極の、懐かしい下町情緒の町だった。
今は逆だ。不動産業界では闇勢力のメッカのように語られる「不純商店街」。その名を関西にまで轟かせたのは、コシ・トラスト(本社・東京都渋谷区)の中林明久である。
「コシ・トラスト? ああ、三井住友銀行の高円寺支店から、なんぼでもカネ引けるちゅう会社やろ。有名だったわ。ブローカーの集まるような高円寺の喫茶店じゃ、関西弁が飛びこうとるって聞きましたで」(関西在住の企業舎弟)
中林の外見はごく普通の中堅サラリーマン風。だが、局地的な不動産バブルが都心で発生した2003年ごろから数年は「物件を仕込める人」として不動産業界で名を知られていた。大卒後、野村証券に入社。営業で3年を過ごした後、住宅仲介大手のユニハウスに転職、不動産のノウハウを学び、2000年に31歳でコシ社を興した。押しはそれほど強くはないが能弁。人をそらさぬ話術で商談をまとめていく。
物件の「バリューアップ作戦」として、創作和食の店「スシ・ブラッセリー越」、おもちゃコレクターとして知られる北原照久のギャラリーを併設した「フィギュア・コンプレックス」などの経営にも乗り出した。K−1戦士のキックボクサー、天田ヒロミはコシ・トラスト所属である。華やかさも兼ね備えて、中林の前途は順風満帆に見えた。
しかし、フタを開けてみれば「青年実業家」は詐欺師だったのだ。
行員丸抱えで文書偽造
資金は、偽造した経理関係書類をもとにメガバンクなどから引き出した。戸建てや小型商業ビルの取得が多く、一回あたりの融資額は数千万円から2億円ぐらいまでと小口。その分、数をこなさねばならず、友人知人の会社を利用、それでも足らずに従業員を社長にしたようなペーパーカンパニーまで使った。
融資に応じたのは三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、千葉銀行、SFCG(旧商工ファンド)などご立派な面々。中林が仕組んだ六十数社のコシグループに、総額で300億円強を融資、うち120億円が回収不能になりそうだという。
被害額がもっとも大きいのは三井住友銀行。約170億円を融資、100億円以上が焦げ付く見込みだ。無理もない。決算書、納税証明書、不動産鑑定書などを偽造、ペーパーカンパニーまで設立して融資を引き出すという手口は、銀行内部に“協力者”がいたからできたのだ。
それが高円寺法人営業部のコシ社担当、行員Xである。中林より4歳年上(43)のXは、大学の後輩で野村出身という“一流ブランド”の中林をすっかり信用、融資額を膨らませていった。詐欺的ビジネスモデルを最初から承知していたかどうかは、「小口に分けて審査を通りやすくするのはXの指示による。書類が偽造されていることを知っていた」(融資を受けた企業幹部)という声はあるものの、現時点で断定は避けたい。いずれ銀行が中林らを刑事告訴、捜査当局の手でこの謎の多い不正融資の真相が解明されよう。
指摘すべきは、読売新聞4月17日付朝刊が報じたように、Xが中林に完全に取り込まれていたことだ。Xはコシ社に自分の家賃410万円を振り込ませたうえ、休日には一緒にクルーザーで釣りを楽しみ、高級外車を借りることがあるなど、さながら丸抱えの身分だったのである。
取り込まれたのはXだけではない。
ユニハウスで培った戸建て仲介のノウハウをもとに、地味にコツコツと実績を積んでいた中林が、三井住友からオーバーローンで資金を借り、その余剰資金を元手に次々と物件を取得、偽造書類でコシグループへの紹介融資を広げたのは、前述のように03年秋ごろからだ。
当時の担当はXだが、糸口をつけるとXは鶴見法人営業部に転勤する。後任はY。Yもまた「コシ社から飲食から始まる派手な接待を受けていた」(コシグループの関係者)。さらに、XとYの上司Zも中林と緊密な関係を結んでいたという。
Xと中林の関係だけなら六十数社、170億円に融資は膨らまない。Yは高円寺法人営業部での融資を継続、Zは転勤先の新宿法人営業2部で、中林からの紹介先に融資を行っている。3人組はただの“間抜け”だったのか。それとも本店決裁を通すため全員が“深み”にハマったのか。
三井住友がコシグループの書類偽造、実態のない会社への融資に気づいて債権回収に入ったのは06年秋口からである。その時、浮かび上がったのが暴力団の黒い影だ。
山口組、住吉会ぞろぞろ
05年9月から07年3月までコシの役員に就任していたのは、関東に進出している広域暴力団山口組の三次団体構成員だった。「とてもヤクザ者には見えませんでしたが」と元従業員は言うが、企業に入り込むマル暴とは、見た目そんな連中だ。
それだけではない。コシ社で中林に次ぐ第2位の株主だったQは、広域暴力団住吉会系の関係者だった。
「Qが不動産をめぐって山口組関東ブロックの大物組長とトラブルになった時、仲介に乗り出してきたのが住吉会の最高幹部でした。渋谷の住吉会系組織がQの“ケツ持ち”をしているようです」(企業舎弟)
関西で株と土地に精通していることで知られる山口組系企業舎弟も、コシ社の物件に関与した。上場企業の乗っ取り劇などにも登場する大物。ピーク時でも従業員が三十数人しかいなかったコシ社に、これだけ多くの暴力団関係者が群がったのはなぜなのか。捜査関係者が解説する。
「オーバーローンで銀行から融資を受け、グループ内で物件をキャッチボールする間に、いくらでもカネを抜ける。こんな“おいしい話”はそうない。だからみんながタカり、中林は闇経済で有名になった。170億円の融資で100億円の焦げ付きは、彼らが収奪した証です」
中林は群がる有象無象の連中を恐れ、その排除に山口組最高幹部を使うという“愚”を犯す。コシ社に事業資金を貸し付けたことのある会社経営者は、中林がこううそぶくのを聞いて、あわてて資金を回収した。
「山口組トップクラスの組長と若頭の名を挙げて、『お世話になっています』と言うんです。何のつもりか知らないけど、まともじゃない」
暴力団社会では、表社会の人間を酒や女で取り込み、運命共同体にすることを「型にはめる」というが、中林は完全に型にはまって身動きが取れなくなっており、現在は、これまで「背後」と頼りにしてきた暴力団関係者に軟禁されているらしい。
闇社会の渦のなかに会社ごと飛び込んだ中林は、三井住友の行員たちまで巻き込んだのか。同行広報部は「本件はすでに警察にも相談中であり、コメントは差し控えたい」と口をつぐむ。だが、表経済の「純情商店街」が、局地バブルによっていかに闇社会に汚染されたかを、ぜひ知りたいものだ。(敬称略)