重篤「慎太郎銀行」の深き闇

クリスマスに届いた金融庁の「最後通牒」。2年で500億円の大出血が、石原3選の最大の障害に。

2007年2月号 DEEP [石原都政の研究]

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 東京都知事、石原慎太郎(74)は12月7日、都議会本会議で「首都東京のかじ取りを命懸けで続けたい」と述べ、4月に行われる都知事選への3選出馬を正式表明した。前2回の出馬表明が告示間近まで引っ張って気をもたせる“演出”だったのに比べると異例の早さ。これは「老いたポピュリスト」が見せた一種の焦りではないのか。

 そうした見方を裏付けるように、知事周辺にスキャンダルの濃霧が立ちこめてきた。昨年秋、日本共産党の機関紙「赤旗」や週刊誌などを賑わせたのが、元水谷建設会長の“政商”水谷功と一緒に石原と三男宏高が写っている高級料亭「吉兆」のお座敷写真。05年9月の会合で、石原親子に高級焼酎「森伊蔵」の木箱に忍ばせた裏金が手渡されたという疑惑が持ちあがった。石原は言下に否定したが、東京国際空港(羽田空港)の新滑走路工事の砂利利権が絡んでいるのではないかとの噂が絶えず、水谷と石原ファミリーの関係はいまだにベールに包まれたままだ。

 ほかにも四男延(のぶ)啓(ひろ)を都の文化事業に起用した公私混同疑惑、夫人や秘書を連れた豪華出張問題……などが噴出、十字砲火を浴びている感がある。石原は定例会見で追及されると、露骨に不快そうな表情を浮かべ「適正な手続きを経たもので違法性も問題もない」と突っぱねた。

2月の日銀考査までに立て直し策迫られる

 だが、石原都政の真の闇は、そうした散発的なスキャンダルでは済まないほど根が深い。2期目の目玉政策として石原知事が旗を振り、鳴り物入りで誕生した「新銀行東京」――俗称「慎太郎銀行」が開業1年10カ月余りで早くも経営が危険水域に突入、石原3選にとって最大の障害になる恐れが出てきた。

 昨年12月25日、まさにクリスマスの当日、東京・大手町の「新銀行東京」本店に有り難くない“クリスマスプレゼント”が届いた。サンタクロースが金融庁だったからだ。

 暮れも押し迫ったこの時期に監督官庁から通知が届くのは異例のこと。しかも内容が厳しい。限りなく“行政処分”を匂わせる言葉がちりばめられ、以下の点で具体的な回答を迫っているのだ。

①07年3月期の中間決算で経常利益が154億円余りの赤字になっているがその原因は何か。

②破綻先債権を含め、リスク管理債権が急激に増加している原因は何か。

③貸出金利が下がっているのはなぜか。

④都知事が当銀行の現金自動預金支払機の設置について言及しているが、当銀行と東京都との関係をより明確に説明せよ。

⑤07年3月期までのより具体的な営業計画を示せ。

 これらを箇条書きで並べたあと、こう付け加えられていた。

「07年2月には日本銀行による考査が行われると聞いているが、それまでに明確なかつ具体的な営業計画を立案しておくことが望ましい」

 最後はこう締めくくられていた。

「もし不服があるようであれば、行政訴訟の方法もあるので、よろしく検討されたし」

 最後通牒に聞こえる。しかし監督官庁がかくも強硬な姿勢をとらざるをえなかったのは、金融常識に照らして「新銀行東京」の赤字の膨張ぶりがあまりにも急激だからだ。

 開業初年度の通年の最終損失(純損失)が209億円。2年目は上期だけで純損失150億円を超え、このペースだと丸2年で純損失の累計は500億円を突破する。「新銀行東京」は都が1千億円、第三者割当で民間187億円出資でスタートしたが、当初資本の半分近くが2年で毀損することになる。金融庁の幹部が顔をこわばらせるのは無理もない。

「初年度の赤字額は予定通りとも言えた。けれども2年目の上期だけで150億円もの赤(字)が出るとは思っていなかった。発表までこれほどの数字になるという事前連絡もなかったから……。しかし、資産が増えて当たり前の2年目に、このていたらくでは本当に常識外」

 五味廣文金融庁長官は「新形態の銀行」として新銀行東京や日本振興銀行を誕生させただけに、言外には1日も早く始末をつけたいとの危機感がにじむ。だが、金融庁ペーパーが目前の危機に「日銀考査」を示唆しているのは、動くに動けぬ同庁のジレンマを物語っている。

 金融庁を金縛りにしたのは「新銀行東京」の生みの親、石原が3選をめざす都知事選挙なのだ。金融庁が行政指導に入れば、その時点で「新銀行東京」問題が政治問題化するのは必至。そこで自らは乗り出さず、まず日銀を(経営責任を問われることのない)考査という形で動かしたわけで、金融庁にとってはやむにやまれぬ選択だったのだろう。

政治的思惑の所産誕生の動機が不純

 どこで目算が狂ったのか。そもそも「新銀行東京」は真に望まれて誕生した銀行ではない。この“不肖の子”は、都知事2期目をめざした石原の政治的思惑の所産なのだ。

 03年3月、出馬表明で石原は大見得を切った。「救える者を救わない金融機関は国民の付託に応えているとは言えない。日本の金融を変えるために都が銀行をつくる」。当時、大手銀行による「貸し渋り」「貸しはがし」が社会問題になっていた。石原が提唱して資金量5兆円以上の銀行に課した外形標準課税でも都は大手銀行と法廷闘争を演じていた(のちに敗訴)。多くの中小企業を抱える東京都が、資金調達に苦しむ中小企業に“生きた資金”を提供する金融機関を設立する――石原がぶち上げた理念は時宜にかなうかに見え、ポピュリストの面目躍如だった。

 けれども内実は、2期目の出馬の選挙公約に「治安強化」と並ぶ目玉を探していた石原が、当時の出納長大塚俊郎の「金融機関をつくってはどうか」との一言に乗ったのが発端。大塚が中心となり、都庁内の一室に都職員が集められ、コンサルタント会社から派遣された金融専門家のもとで内々の勉強会が始められた。

 都庁には金融のプロが一人もいない。研究チームは銀行法の入門から始め、銀行のシステム、決済方法などのイロハを学んでいかなければならなかった。しかし都内の中小企業をバックアップする金融機関なら東京都民銀行がすでにあり、もとからオーバーバンキング状態だった。専門家たちは都民の生活総合サービスに特化した生活密着型の銀行像を提言したけれども、その意見は受け入れられなかった。

「世間受けしない」

 ただ、それが理由だった。

 こうして、東京都の高格付け(都債はAAプラス)を背景にして高金利で預金を集め、主に年商5億円以下の中小・零細企業を対象に、わずか3日間の審査のうえ、無担保無保証融資を行う甘いビジネスモデルができあがっていくのである。

 職員(現在316人)はすべて中途採用。8割が金融機関勤務経験のある人材だが、“破綻御三家”と揶揄される日本長期信用銀行(現新生銀行)、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、旧北海道拓殖銀行など過去に破綻した金融機関のOBら「バツイチ」組のほか、中小企業向け融資のノウハウを持つだろうと信用金庫OBも数多く採用された。

 まさに寄り合い所帯。トップの代表執行役には、トヨタ自動車出身でトーメン副社長だった仁司泰正が起用された。この人事は、石原が一橋大学以来の友人で前日本経団連会長の奥田碩(現トヨタ相談役)に相談し、推薦されたものだという。

不良債権比率がはや2%を超す怪

 結論から言えば、こうした陣容が「新銀行東京」という雪だるま式の出血マシーンを生み出したのだ。銀行自身はどう自覚しているのか。

 06年9月末のリスク管理債権(破綻先債権+延滞債権)は52億円と、貸出金残高の2.24%を占める。この不良債権比率は、同年3月末に0・94%だったのが、半年で倍以上に跳ね上がったことになる。

 返済期限が平均4年の融資案件なのに、開業1年半でこんなに早々と「腐る」のは異常である。「新銀行東京」経営企画グループは「デフォルト(返済不能)案件を精査したところ、7~8割は初年度の7~12月に融資したもので、当時の審査体制に起因する」としている。

 だが、内情をよく知る関係者の証言は違う。「信金OBの職員たちは、古巣の信金を回って融資案件を集めているのが実情なんですよ。そこから先が問題で……」。古巣の信金が優良案件を紹介するわけもなく、これ以上追い貸しができない案件を押しつけるわけだから、貸し倒れが増えるのも当然である。

 それだけではない。中小企業向け融資が柱だけに、その融資先はいきおい中小企業地域の品川や大田などの地域が多い。そこは衆議院議員時代の石原の地盤であり、いまは三男宏高の選挙区である。「新銀行東京」の甘い審査と融資先には捜査当局も強い関心を寄せている。

「新銀行東京」の設立前からこのプロジェクトに関わり、現在執行役を務める前王子信用金庫常勤理事の大塚宗一は「信金との連携がもっと必要だ」と力説し、連日のように大手信用金庫幹部らを宴席に招いているようだ。信用金庫の雄、城南信用金庫の本店も宏高の地盤の品川にあるだけに、今後の提携を含めてその動向から目が離せない。 

「新銀行東京」はバランスシートも歪んでいる。06年9月末の総資産は6991億円。その内訳は貸出・保証が2891億円と伸び悩んでいる。残りは現預金などのキャッシュポジションが約1200億円、有価証券等で約2600億円(内訳は1860億円が国債、30億円が社債、その他678億円)を運用している。

 金融のプロなら、この銀行に明日がないことはすぐ見てとれる。表面金利が平均7%近い貸出が利を稼ぐ柱のはずなのに、総資産の3分の1しかないため業務純益があがらない。やむなく短期運用のキャッシュが積みあがり、有価証券での運用も1890億円の公社債運用で6億円の評価損を出す始末。貸出の不振を補おうと、外資系金融機関などが持ち込んだ投資信託などを700億円近く購入しているが、評価益2億円強と異様にパフォーマンスが悪い。

 投資案件については長銀出身の執行役、市川英明が担当し、その上にはやはり執行役で代表補佐を務める丹治幹雄が控えている。彼も長銀出身である。投信などの購入は総合リスク管理委員会の稟議を経るが、委員会自体が有名無実となっており、市川と丹治の言うがままに購入しているのが実態だ、と関係者は言う。

「外資系だけではなく、SBIグループのように『東京都のために私募債を作った』と持ち込まれた案件もある。委員会で私募債ではなく、公募の方がいいのではないかという意見も出たようだが」

“だまし討ち”劣後債で格下げ検討も

 ある幹部によれば、結局は中身がよく分からない私募債の購入が多いという。この委員会を通して購入した後に、投信の運用先情報についても守秘義務を盾に明らかにしようとしない。どのような種類のカネが入っているのか、「新銀行東京」自体がブラックボックスなのだ。

 こうした「新銀行東京」の不可解さに有力格付け会社は、都の信用力とは切り離して「新銀行東京」の格付け見直しに動き始めている。

 そのきっかけとなったのが、150億円余の純損失を出した中間決算発表(11月30日)直前に157億円を調達した劣後債の発行である。3月に設定したMTN(ミディアム・ターム・ノート)発行枠1千億円の一部を履行したとはいえ、投資家には“だまし討ち”とも見える調達方法をどう説明するのか。

「もともと中期計画で民間出資分をまず500億円、将来は1千億円に増やす目標があったからです。たまたま11月は発行環境がよかったので実行した。(資本毀損の)穴埋めが目的ではない」(経営企画グループ)というが、格下げの可能性を指摘すると沈黙してしまう。頼みの大株主、都は「経営の細部には口出しできない。追加出資の考えもない」(産業労働局金融部)と及び腰だ。

「新銀行東京」は委員会等設置会社だから、仁司代表執行役以外の取締役は社外取締役だ。元東京海上火災副社長の森昭彦が議長を務める取締役会の顔ぶれはそうそうたるもの。東京地検特捜部長や名古屋高検検事長を歴任した弁護士の石川達紘、元大蔵省審議官の北村歳治、元丸紅会長の鳥海巌らだが、昨年12月の取締役会では森昭彦らから仁司を激しくなじる声が飛んだという。

「頑張る、頑張るという言葉は、もう聞き飽きた。具体的な計画をしっかりと示してほしい」

 海外出張の多い仁司には「非常識」との批判がある。ところが、後ろ盾に石原―奥田の一橋人脈が控えているせいか、仁司本人はいたって意気軒昂だ。トヨタ自動車創業家の豊田家は、仁司の責任問題のとばっちりを出身母体のトヨタが浴びないかと危惧し始めたという。

 昨年11月、石原の企画・監修で『もう、税金の無駄遣いは許さない!

都庁が始めた「会計革命」』(公会計改革プロジェクトチーム著、ワック刊)という本が出版された。東京都が昨春導入した新会計方式を自画自賛した内容だが、その一節に石原はこう記している。

「無駄遣いを許さないこの上なく強力な方法を編み出した」

 都民の血税がドブに捨てられようとしている今、これはブラックジョークとしか聞こえない。(敬称略)

   

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